第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
「どうぞ」
「用意が良いな」
「ええ、まあ…」
政宗が持たせてくれたので。その言葉が喉まででかかったけれど、そのまま飲みこんだ。今の謙信にそんなことを言ってしまえば、おむすびが捨てられてしまうだけでなく、確実に怒らせてしまう。
「美味いな」
「良かったです」
本当に、美味しい。
おむすびの中には、昆布とカツオの佃煮に梅肉が和えた具が入っている。しっかりと謙信の好みを抑えている辺り、さすが政宗といったところだろう。
二人でしばらくおむすびに舌鼓を打った後、そのままのんびりと川のせせらぎを聞いていた桜を、謙信が真剣な瞳で見た。
「お前には、辛い選択を強いたな」
「え…?」
「俺などを愛したばかりに、お前は愛着ある土地を離れなければならなくなった」
謙信の顔が、自責の念に駆られたように微かに歪んだ。けれどそれはすぐにかき消えて、形のいい唇が弧を描く。
「…だが、お前にそうさせてでも、俺はお前をそばにおくと決めた。桜、お前は一生、俺の腕の中にいろ」
謙信の腕が伸びてきて、桜の体は抱きすくめられた。力強い抱擁に、謙信からの愛が流れ込んでくるような気がして、桜の心は熱いほどの幸せに満たされる。
「もちろんです、私をずっとおそばに置いて下さい」
「桜…」
桜の名を呼ぶ謙信が、顔を覗き込んで来て。自然と目を閉じた桜の唇に、優しい口づけが降って来た。
「ん……」
触れるだけだった接吻は、段々と深くなっていく。
謙信の熱い舌に翻弄されながら、桜もゆっくりと謙信の背中に手を回して、その想いを受け止める。
激しくも誠実な口づけにすっかり蕩けて、桜は潤んだ瞳で謙信を見つめた。それを見つめ返す謙信の瞳は、熱情を孕んで揺らめいている。
「立て…桜。行くぞ」
「急にどうしたんですか…っ」
桜の体をほとんど無理矢理馬に担ぎ上げ、謙信はその後ろでふっと笑う。
「早く城でお前を愛したい。あのまま続けても良かったが…喧しいのが追いかけて来ているからな」
桜の頬がかっと火照った。けれどそれを待ち望んでいる自分もいて、体の奥が熱くなる。