第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
「桜様の事は心配ですが…佐助殿がいれば大丈夫そうですね」
「単身で敵城に乗り込んでくるくらいだからな。あいつに任せときゃ、少なくとも桜は安心だろ」
「ああも簡単に侵入してくるんじゃ、敵としては厄介ですけどね」
秀吉の横で憂鬱に顔を曇らせて、家康がぼそりとこぼした。
佐助が謙信の元へ熱に浮かされた桜を連れて行った、あの日。
佐助は一人安土城へと乗り込んで、六人の武将を相手に直談判をやってのけたのだ。桜が謙信を想っていて、相思相愛の彼らを幸せにする手伝いをしてやってほしい、と。
苦虫を噛み潰したような顔をしていた武将達も、佐助の単調でありながら熱のこもった説得に折れた。
しかし体裁上、相手が謙信では大手を振って見送る事が出来ない。そこで、桜の心と覚悟を確かめるため、彼女に自発的に安土を離れさせるような行動を取らせた。
幸村や信玄は、政宗達を食い止めるためではなく、桜の足止めと誘導の役目を担っていた。最後にはちゃんと、彼らと桜の間で思いが通じるよう。
「だが、桜とあいつらが楽しく過ごしてるところを想像すると、腹が立ってくるな」
「よし…次の戦で奪い返してやる」
「さっそく軍議だな」
「いくらなんでも気が早すぎやしませんか」
秀吉と政宗の瞳に熱い炎が灯った。冷ややかな目をした家康が、呆れたようにため息をつくけれど。
「よし、今宵軍議を開く。各々準備しておけ」
「はっ」
誰よりも張り切っている信長の言葉に、家康以外の皆が威勢良く返事を返す。
「三成、有用な戦術を複数案考えておけ。光秀、斥候を出す準備は整っているだろうな?」
「はい、承知いたしました」
「ご心配には及びません、御館様。昨夜すでに春日山へ向けて発たせてあります」
「ここにもいたな、気が早い人が」
先頭を城へと戻っていく秀吉たちの話題は、もはやどうやって春日山を落とすか、ではなく、どうやったら桜が安土に帰ってきてくれるかに変わりつつあった。
呆れ顔は崩さないけれど、脳内ではその話題に参加している家康をしんがりに、武将たちは帰って行く。
それぞれの日常へ。