第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
「私、これからも皆の事が大好きだよ。元気でいてね」
「桜…」
秀吉が、感極まった顔で桜を見つめた。がしりと桜の肩を掴んで、じっとその顔を覗き込む。
「お前は何でも頑張り過ぎる所があるから、絶対に無理するんじゃないぞ」
「うん」
「何か辛い事があれば、必ず知らせろよ。政宗も言ってたが、俺だってお前をいつでも迎えに行ってやるから」
「う、うん」
「病気とか怪我には気をつけろよ。それから」
「おい、いい加減にしろ」
段々と力がこもってきた肩の手を、政宗が苦笑混じりに引き剥がす。秀吉はまだ言い足りない顔のまま、桜の頭をぽんと撫でた。
「じゃあな」
「気をつけて行けよ」
「ありがとう…行ってきます」
笑って見送ってくれる二人に笑顔を向けて、桜は一人足を踏み出した。細い道を抜ければ、景色が開ける。
謙信の待つ丘が視界に飛び込んできた途端、桜の心が逸りだす。ざくざくと草を踏みしめ、傾斜を登って。変な緊張を覚えながら頂上の木を目指していく。
「あ…」
馬が一頭、木に繋がれているのが見える。桜の方向からでは、謙信自身の姿は確認出来ないけれど。それまで以上に早足になって、桜は木に近寄った。
「謙信様…え」
「来たか、桜」
声をかけた桜へとその顔を向けたのは、信長だった。対峙して桜へと背を向けていた謙信は、ちらりと振り返って目を細めるけれど、すぐにまた信長へと視線を戻す。
「それで、お前は何のようだ。その腰の刀を抜くと言うのなら、相手になってやるが」
「謙信様…!」
鋭く目を光らせる謙信に、桜は手に汗を握った。出来ることなら、争ってほしくない。それとは裏腹に、信長は余裕のある尊大な笑みを崩さない。
「勘違いするな。俺は貴様等を追い出しに来ただけだ。俺の膝元でいつまでも騒がれては迷惑なのでな」
「ふん、言われずとも出て行ってやる」
不愉快そうに眉間に皺を寄せながら、謙信は桜の手を取った。どきりとする桜などお構いなしにその体を引き寄せて、馬上へと乗せる。