第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
「ごめんなさい…」
小さな桜の声に、政宗達は笑みを引っ込めて顔を見合わせる。冷たい言葉をかけられたからといって、怪我をさせるような真似をして。今までの恩を無下にするような別れ方をしようとして。
「謝るのはこっちだ、悪かった。あんな言い方をして」
「謙信の所にお前が行ったからって、敵扱いなんてするわけないだろ」
申し訳なさそうに言う秀吉の隣で、政宗も桜を安心させるように穏やかに笑う。それでようやく、桜は少しだけ表情を緩めた。
「そもそも、俺達は作戦に完全に同意したわけじゃねえからな」
「おいそれ言ったらダメだろ」
咎める幸村に、知るか、と政宗が顔をしかめる。政宗が幸村と交戦する気配も見せずにいる時点で、既にその作戦とやらは破綻していそうだと、桜は笑った。
「回りまわって桜の為になると思って引き受けたけど、俺は桜にあんな態度取るなんて二度と御免だ…」
秀吉が思い出したくないとばかりに頭を抱えて項垂れた。妹の様に思っている娘に取った冷たい態度は、演技とは言え辛かった。
悲しそうな顔の桜が頭から離れない。嫌われてもいい、なんて大きな事を言ってはいたけれど、「大嫌い」という言葉が秀吉の頭の中を延々と回っていて。
しかも俺だけ名指しだった…。
「桜、これ道中で食え」
「わあ…ありがとう」
「謙信にはやるなよ!お前のだからな」
「分かった」
一人沈む秀吉の横で、政宗が桜に竹の皮の包みを渡してくれる。きっと中身はおむすびなのだろう。我儘を言う子どもの様に声を上げるのが可笑しい。くすくすと笑いながら返事をするけれど、きっと二人分ある。
「おい、もう時間ねーぞ」
「あ…そうだった」
一刻。謙信との約束は守らなくてはならない。桜は包みを大事にしまい直して、二人に向き直る。
「秀吉さん、大嫌いなんて言って、ごめんなさい。思っても無いことを言いました」
「ああ、分かってる。元気でな」
「うん…政宗も、ありがとう。大事に食べるよ」
「何かあれば、文送れよ。俺がすぐに奪い返しに行ってやる」
秀吉が優しく微笑む。政宗はニヤリと口の端を釣り上げる。二人の笑顔が眩しくて。