第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
唐突に、空気が緩んだ。
ふ、と力を抜いた謙信が表情を緩め、空の杯に酒を並々と注ぐ。
「何かと思えば…くだらん。俺があの女に興味があるように見えるのか」
「見えるから聞いているんです」
「お前の目は余程曇っているようだな…そんな事を言う暇があったら、追加の酒でも用意して来い」
「…分かりました」
小さく息を吐いて、佐助は入って来たばかりの戸口へ向かう。がらりと開け放った戸から、冷たい風が入り込み、空気が変わった。
「謙信様のお考えが分からない以上、俺は俺の考えで、勝手に動くことにします」
「おい…佐助」
「勝手は許さんぞ」
幸村と謙信の静止を聞いて、ちらりと室内を振り返るけれど。佐助はそのまま静かに外へと出て行った。
「待て、佐助!」
幸村がその後を追って、慌てて飛び出す。戸を閉めながら謙信を振り返るけれど、その眼は杯に向き、目が合うことはなかった。
「…佐助」
幸村が追い付いてくるのを見越してか。佐助は、屋敷から少し離れた野で立ち止まり、静かに空を見上げていた。
「珍しいな、お前が怒るなんて」
「怒る…というより、歯がゆいんだと思う」
既に佐助の顔は、いつも通りの無表情に戻っている。見上げていた視線を自分の手に落とし、新しく作った腕輪に触れる。
「謙信様も桜さんも、俺にとっては大事な人だし、幸せでいて欲しい。でも、このまま放っておいたら、きっと二人とも悲しむ」
「お前が何かするなら、俺も協力する」
「え」
驚いたように、佐助が目を見開いて幸村を見た。幸村は少しだけ目元を赤く染めると、そっぽを向いて頬をかく。
「相手が謙信様っていうのが気に食わねーけど…俺も桜は、泣かせたくねえ」
「さすが幸村…ステキ」
まるで町娘がするように、佐助は手を胸の前で組んで見せた。
「やめろ!…で、どうすんだ」
「そうだな、とりあえず…謙信様にお酒を用意しなきゃ」
「そっちじゃねーし」
騒がしく言い合いながら、二人は市へと向かう。会話はいつしか作戦会議へと姿を変え、屋敷へ戻る頃には、決行を待つばかりとなっていた。