第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
光秀からの報告で、桜の今日の動向が明らかになり、武将達が黙り込む。重い沈黙に包まれていた広間で、畳がだん、と音を立てた。叩きつけた拳に、さらに力を込めるのは秀吉だ。
「あいつら…桜にちょっかいだしやがって」
「女たらしの信玄はともかく、謙信も妙に桜のことが気にかかるようだったからな」
光秀の言葉に皆が思い出すのは、大会の時の謙信の桜への執着ぶりだ。しかし政宗は、その言葉に首をひねる。
「…だが、今日はあいつの方から出向いたんだろう?」
「律儀な桜の事だからな。何かのお礼とかお返しとかで訪ねたんだろ、たぶん」
「たぶんって」
怒りに拳を震わせる秀吉の言葉は、もはや都合の良い決めつけだ。最後に付け加えられた力の抜ける一言に、家康が呆れる。
「三成、貴様が見たことも報告しろ」
「はい」
信長が、上座から低い声でそう命じた。そもそも、この場を設けた最大の問題が、これだ。
「城へ戻る途中で、雨の中を駆けてくる桜様に気がつきまして…傘の中へお入れしたのですが。その…突然涙を」
「何だと」
家康以外の者達にも、これは初耳だった。声を荒げた政宗だけでなく、その意味を察して全員が眉をひそめる。桜が屋敷を飛び出した後、三成がそれを出迎えたのだとすれば、報告の時間経過と符合する。
「何か理由は?」
「何も仰いませんでした。無理にお尋ねするのも気が引けましたので…」
目を合わせずに聞いた家康に、三成はそう答えた。ため息をつきながら、家康は三成が桜を濡れたままでいさせた理由を悟る。それと同時に、ただの風邪にしては高い熱の理由も。
「あいつに追いかけられた時はけろっとしてたくせに…」
「…追いかけられた?」
…しまった。
不思議そうな三成の声に、咄嗟に家康は口を覆った。考えていたことを無意識に声に出してしまっていたらしい。五人の視線が自分を痛いほど見ていることに気づいて、観念する。