第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
ぱしゃ、と小さな水音を立てて、手ぬぐいが桶に沈んだ。静かな部屋の中で聞こえるのは、その手ぬぐいを絞る音と、部屋の主の荒い息遣いだけ。
「……」
手ぬぐいを絞り、冷たさを取り戻したそれを丁寧に広げると、家康は褥に横たわる桜の額に乗せた。
さらに違う手ぬぐいで、首筋に流れた汗を拭って。そのまま、苦しそうに眠る様子を眺める。
「はあ…」
家康が部屋を訪れた時には、桜は既に熱を出して、苦しそうに咳き込んでいた。聞けば、冷たい雨の中を傘も差さずに走って帰って来たと言うではないか。
それだけなら、まだいい。すぐに風呂に入って温まれば済む。
「あの馬鹿」
眠りにつく桜を残し、部屋を出て行きながら悪態をつく。三成が濡れた桜をそのままでいさせたものだから、冷え切った身体が悲鳴を上げたのだ。
駆け付けた家康の薬を飲んだ桜は、夕刻を過ぎた今も、熱に浮かされながら眠り続けている。
そして今、もう一度薬を飲ませるために部屋へ訪れた家康は、消耗したように眠る桜を起こさない方が良いと判断した。
桜が起きたら自分を呼ぶように女中に言い置いてから、足早に城の奥へと進んでいく。
「遅れました」
襖を開けて中へ入れば、軍議の時よりも深刻な顔をした武将達が家康を出迎えた。
「桜の様子は」
「まだ熱が下がりません。ずっと眠っています」
信長にそう報告すると、三成が申し訳なさそうに頭を垂れる。
「やはり、無理にでもお城へ連れて入るべきでした…」
「本当だよ…一体何してたの」
「まあ待て。他にも気になる事がある」
三成を睨む家康を政宗が制した。瞳が怒りにぎらついている。
「他にも?」
「家康にも分かるよう、もう一度報告しろ」
「はっ」
信長の言葉に光秀が口を開く。