第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
秀吉の御殿から、城へ向かって三成が歩いてくる。強くなった雨足に傘を持ち直して、昼とは思えないほどの暗い空の下を行く。
「ん…?」
城門を入ろうとして、立ち止まった。城下の方から、傘も差さずに駆けてくる影。鮮やかな着物を認めると、三成も駆け出した。
「桜様…!」
ずっと走り続けてきたのだろう。足元は泥で汚れていて、全身ぐっしょりと濡れている。
立ち止まり、肩で大きく息をしている桜を急いで自分の傘に入れ、三成はその顔を見るために屈んだ。
「そのままでは風邪を引きます、早く城へ…」
「……っ」
無表情だった桜の顔が、三成と目が合った途端にぐしゃりと歪んだ。顔を両手で覆うと、堪えきれずに嗚咽が漏れる。
「桜様!?も、もしやどこかお怪我を…」
「ち、がうの…ッ」
一度溢れた感情は、もう止めることが出来なかった。熱い滴が次から次へと流れては、雨で濡れた体を伝い落ちる。
肩を震わせる桜の背中に、三成の手がそっと触れた。優しく引き寄せてくれた三成の胸に顔を埋めれば、背中の手は桜をあやすように動く。
「大丈夫、ですよ」
「…うぅ…っ」
苦しい。
何も聞かずにいてくれる三成の温かさに、桜の嗚咽が大きくなる。
苦しい。
距離が縮まったと思っていたのは、桜だけだったのだろう。二人きりが嫌ではなくなって。笑っている顔が見たくなって。それだけだったのに。
「三成、君…っごめ…」
三成の胸元を盛大に濡らしていることに気付いたけれど、謝罪の言葉も満足に口に出来ない。
「桜様、心配いりません」
今度は頭を撫でてくれながら、三成の声はどこまでも優しい。とくんとくんと脈打つ三成の鼓動が、静かに伝わってくる。
「雨、ですから」
桜の顔を見ることはなく、三成はその体の震えが止まるまで、ただ黙って受け止め続けていた。