第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
「恋情などはないのだな」
「…ありません」
「そうか、ならばいい」
謙信の呟きに、桜は首を傾げた。何が言いたいのか、分からない。
「こちらの貴重な戦力を骨抜きにされてはたまらんからな。武将ともあろうものが、女に現を抜かすなど士気に関わる。ましてや、敵方の女になど」
「……っ」
謙信の辛辣な言葉に、桜の中の何かがガラガラと崩れ落ちていく。言葉を失う桜を、感情のない瞳が射抜いた。
「贈り物には礼を言おう。だが、これ以上俺や幸村達に取り入るのをやめろ」
「そんな…!取り入るなんて」
「前にも、言ったはずだ」
愕然とする桜の言葉を遮り、謙信がピシャリと言い切った。
「俺にとって女など、足手まといでしかない」
膝上の手ぬぐいを千切れんばかりに握りしめ、俯いた桜にかけられた言葉は、冷たい。
「分かったら、帰れ。もう…来るな」
「そうします」
気丈にも、震える声でそれだけを告げると、桜は立ち上がった。謙信を見ないまま外へと飛び出す。
裏木戸を勢いよく開けた途端に、入ってこようとしていた人影とぶつかったけれど、振り返る余裕もない。
「おい…って、桜!?」
聞き覚えのある声に、ぶつかったのが幸村である事を悟ったけれど、そのまま雨の中を一人走り去る。
呆然と小さくなる後ろ姿を見つめていた幸村は、我に返って裏木戸をくぐった。
「謙信様!?」
「幸村か」
じっと酒に目を落としていた謙信が、ゆっくりと顔を上げた。
「あいつに何か言ったんですか?!」
「ああ…、目障りだから消えろと言ってやった」
「な…っ」
謙信を咎めようとした幸村はしかし、怒りを抑えて拳を握った。
「あんた、それ本心ですか」
「嘘をつく必要があるのか」
「だったら…っ」
続けようとした言葉を飲みこみ、幸村は荒い動作で踵を返した。軒先から空を見上げ、雨の中駆けていくその姿を思い出して、唇を噛む。
本心だと、言うなら。
「そんな顔、してんじゃねーよ…」
一際強くなる雨と風が、幸村の呻きをかき消した。