第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
外は依然として雨が降り続いているようだ。時折軒先から落ちる雨粒の音が、桜にそれを教えてくれる。
濡れていた着物も髪も乾いてきた。借りた手ぬぐいを手の中で所在なく弄びながら、ちらりと囲炉裏を挟んで正面に座る謙信を伺い見る。
謙信は、桜が贈った梅干しをつまみに、酒を飲み始めていた。優雅な仕草で手酌をして、水を飲むように杯を空にする。
「梅干しでお酒を飲むのがお好きなんですね」
皿に盛られた梅干しがあっという間に減っていくのを見て、桜は目を丸くした。謙信は酒を飲みながら、梅干ししか食べていない。
「酒には梅干しが一番合うからな」
「そうなんですか…」
普段酒を飲まない桜には分からないけれど、そう語る謙信は少し嬉しそうだ。桜としても、謙信の好みをまた一つ知る事が出来て嬉しい。
「お前に、聞いておきたい事がある」
「っ…何でしょう」
堅い音を鳴らして、謙信は持っていた杯を盆に置いた。鋭い視線が桜を見て、どきりとする。
「お前は、幸村と恋仲になるつもりでいるのか」
「…いえ」
なんで、そんなことを聞くの?
照れと焦りに汗が滲むのを感じながら、桜は謙信を見返すけれど、その表情に変化はない。
幸村の顔を思い浮かべながらも、桜は首を横に振った。幸村に迫られた時、心臓が高鳴った。想いを告げられて、嬉しかった。もしかしたら自分は幸村の事が好きなのかもしれない、そう思っていたけれど。
「幸村は、友達ですから」
まるで弁解でもするかのような言葉が口をついて出る。謙信に想い人が他にいるかのように思われるのが、嫌だ。
もしかして、私。
漸く自覚し始めた想い。それに戸惑いながら、桜は火照る頬で謙信を見た。そんな視線を軽く受け止め、謙信は言葉を続ける。
「…信玄はどうだ」
「信玄様は、私の事をからかっているだけだと思いますけど…」
困ったように笑う桜とは対照的に、謙信は至って真剣だ。杯に新たな酒を注いで一気に飲み干す。