第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
「おかえり」
「げ」
一刻ほどの短い外出を終えて、こっそりと城へ戻ってきた桜が自室へと向かうと、部屋の前に座り込み、書物片手に待ちかまえていたらしい家康が出迎えた。
「げ、はこっちの台詞。よくも、だましたね」
「あはは…ごめんなさい」
「もう少し帰りが遅かったら、全部報告した上で、あんたを総出で迎えに行こうと思ってた」
「うわ」
想像するだに恐ろしい。しかしそれでも、すぐに報告に行かずにこうして待っていてくれている辺り、家康は優しいのだ。
青くなる桜を見て、不機嫌そうにため息をついた家康はしかし、それ以上の小言は言う気がないようだ。
「まあ、気持ちは分からないでもない。何もなかった?」
「…うん、なかったよ」
「そう」
「桜」
廊下で立ち話をする二人の元へ三人目の声が響く。
「信長様」
「貴様、禁を破り外へ出たな?」
「えッ…」
「俺じゃない」
信長の言葉に動揺し、ばらしたのかと睨みつけてくる桜に、家康は即座に否定する。
「貴様が嬉しそうに外へ出ていく姿が、上から丸見えだった」
「ごめんなさい…」
「家康、それを黙っていたな?」
「っ…申し訳ありません」
しゅんと首を垂れる桜の横で、家康も頭を下げる。信長は、言葉とは裏腹に楽しそうに笑いながら、扇子でぺしぺしと家康の頭を叩く。
「俺は秀吉のように煩く小言など言うつもりはないが、報告はしろ」
「…承知しました」
「桜」
「はい…」
「明日からは外出を許可してやる」
「ありがとうございますっ」
てっきり外出禁止の念を押されると思っていた桜は、喜びに顔を輝かせた。
家康が桜に草履を返し、信長と共に姿を消すと、部屋へ入り襖を閉める。妙にふわふわとした気持ちを抱きながら、桜はふうと息をついた。
大手を振って外出が出来ることになって、桜の心はあの丘へと飛んでいた。
また、会えるかな。
あの場所へ同じ時間に訪れた所で、謙信に会える保証などない。けれど今日、謙信との距離が少しだけ縮まった気がして。
腕を取り立ち上がらせてくれた謙信の顔を思い出すと、心が熱く浮き立つ。
これは、何?