第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
「梅干しの美味い店?」
「うん、知ってたら教えて」
昼食を終えた桜は、台所にいる政宗の所へ押しかけていた。
すぐに城を出ていきたい程の浮ついた気持ちを抑えるために、以前佐助がポツリと零した謙信の好物を用意することにしたのだ。次に会えた時に、渡せたらいい。
「梅干しねえ」
「な、なに?」
「なんでそんなもんをお前が欲しがるんだ」
値踏みするような政宗の瞳にドキリとする。迂闊な事を言えば、怪しまれる。
「良くしてくれる女中さんに、贈り物をしたくて。梅干しが好きだと聞いたから」
「へえ…」
腕組みをして桜の顔をじっと見つめていた政宗は、考えるように唸った。どうやら、ごまかせたようだ。
「俺が知ってるのは、市へ入ってすぐの店だな」
懐紙を取り出すと、政宗はさらさらと筆を走らせた。簡単な地図を書いて、桜へと手渡してくれる。
「ほら、ここだ」
「ありがとう、政宗!」
飛び跳ねるように受け取ると、桜は台所を出ていく。その異様とも言える喜び方に、政宗は一人訝し気な顔。
一方桜は、さっそくその店へ向かおうと廊下を小走りに進んでいた。逸る気持ちに足が速くなり、廊下を曲がった瞬間に何かに思い切りぶつかる。
「きゃっ」
「わっ」
勢い余って尻餅をつき、廊下に座り込んだ桜の頭上に、バサバサと書物が降ってくる。
「桜様、お怪我はありませんか!?」
慌てた様子で手に残っていた書物を床に放り、三成が手を伸ばしてくれる。それにつかまって、桜は立ち上がった。
「大丈夫…ごめんね、ぶつかっちゃって」
「いえ、私も少し考え事をしていて…すみません」
二人で苦笑いをしあって、床に散らばった書物を拾う。集めてみれば、少々量が多いようだ。
「これ、どこに運ぶの?手伝うよ」
「私の部屋へ…ですが桜様、どちらかへお急ぎだったのでは?」
「ううん、いいの。私の用事は、大したことないから」
明日買いに行けばいいよね。
三成にぶつかったことで少し落ち着いた心。その後も三成の手伝いをして過ごして、その日は結局外へ出ることはなかった。