第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
少し冷たい風を心地よく感じながら、食後の体を休めていた二人。佐助は遠くを眺めていたその目を桜へと向けると、おもむろに口を開いた。
「幸村が、また何かした?」
「…どうして分かるの?」
「幸村と何かあった時は…君の表情が暗いから」
「え、本当!?」
自覚していなかった事を指摘され、佐助の洞察力に関心すると共に恥ずかしさに襲われる。よく顔に出るとは言われるけれど、ここまでとは。
「幸村には、俺が『めっ』て言っておくから…許してやってくれる?」
「ふふ。ううん…いいの。今回は、私が悪いから」
悲しい顔に笑いを浮かべて、桜がぽつりと呟く。何とも言えない苦しさを心に感じながら、佐助はそれをじっと見つめていた。
…本当は。
何となくだけれど、何があったのか知っている。屋台にいない幸村を探し歩き、見つけた彼の表情が全てを語っていたから。
参ったな…。幸村に先を越されるとは思わなかった。
「桜さん」
「ん…?」
隣に座る桜の、膝に乗せられた手にそっと自分の手を重ねて。佐助は真摯な瞳を桜に向けた。
「桜さんがそんな顔をしていると、俺まで苦しくなる…どうしてかな」
「…佐助君」
真っすぐに佐助を見る桜の目が、他の物を映さないで欲しいと思う。
佐助の胸の内にいる桜が、いつも笑っていて欲しいと思う。
「結局謙信様にも会わせてしまったね、ごめん」
「佐助君が悪いんじゃないよ。それに…」
「…?」
続く言葉を考えるように遠くを眺める桜の横顔に、もやもやとした不安が佐助の胸を覆い始める。
何だろう、先を聞きたくない。
「もしかしたら私、謙信様を怖がりすぎてるのかも」
にこ、と微笑む桜の笑顔は可愛いけれど。謙信を怖がっていたはずの桜がそんな顔をするなんて、由々しき事態だ。
「…怖いか怖くないかで分類するなら、怖い方だと思う」
「それは、そうかも」
くす、と笑う桜とは対照的に、佐助の顔は曇る。
出来ればそのまま、怖がっていて欲しい。
自分の心に唐突に浮かんだ感情に、少なからず驚く。