第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
桜の体温が、幸村へと伝わってくる。つかんでいる手から、抱きしめる腕から、触れ合う体から。
肌や髪から香る桜自身の香りに、眩暈を覚えそうだ。
こいつも、ちゃんと女だもんな。
「お前の匂い、好きかも」
「えっ」
腕の中で桜がびくりと体を震わせる。幸村の行動と言葉に驚きを隠せずにいるらしい。
…こいつ、可愛い。
幸村が安土に潜入してからしばらく経つが、これまで桜へ想いを伝えたことなどない。いつも会えば喧嘩のような軽口の叩き合いになるし、幸村自身、桜に素直に優しく出来るような性格でもない。
信玄と再会してすぐ、幸村との仲を勘違いされた桜がきっぱりと否定した瞬間、幸村は正直落胆した。少しは、自分を男として見てくれているのではないか、そう思っていたから。
…いてえ。
桜が安土の武将と一緒にいる所。自分以外の男に笑顔を向けている所。折りに触れそんな場面を目にするたびに、ちくちくと胸の奥が痛むことに、気付かないふりをしてきた。
他の男の事を、桜が幸村に面と向かって話すことなどなかったからか。我が主の事だとは言え、嬉しそうに話す顔に、これまでにない苛立ちを感じてしまう。
信玄様に妬いてんのか、俺は。
心の狭さに苦笑するけれど、仕方ない。信玄が女を口説くなど、幸村にとっては見飽きるほど見慣れた光景だけれど。
相手がこいつなのは、すげー嫌。
「あの…幸村…?」
こちらを伺うような桜の声に、幸村は抱きしめていた腕を緩めた。掴む手は離さないまま、桜の瞳に自分が映りこむほどの近さでその顔を覗き込めば、真っ赤になりながら見つめ返してくる。それを見つめ返す幸村の顔もまた、耳まで朱に染まっていて。
「幸村…真っ赤」
「…わりーかよ」
「悪く、ないけど…」
くすり、と微笑む桜が余裕そうで、腹が立つ。桜の肩を押して、壁に追い込んでやれば、戸惑うように揺れる瞳。ニヤリと笑って見せれば、形勢は逆転する。