第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
「ゆ、き…」
幸村を見る桜の顔が、少しだけ強張っている。掴んだ手は壁に縫いとめ、空いた手で頬に触れれば、桜の睫毛がふるりと揺れた。
「一回しか言わねーから、よく聞けよ」
「…うん」
「お前の事が、好きだ。お前が俺の事だけ見てればいいって、いつもそう思ってる」
柄にもなく素直に、桜への想いを真剣に言葉にする。桜も、驚いたように目を瞬かせると、申し訳なさそうに俯いた。
「…ごめん、びっくりして…」
小さな声の返事に、幸村は苦笑する。すぐに返事がもらえるなんて思ってはいない。どうせ自分の事など喧嘩友達としか見ていなかったのだろうから。
「期待してねーから気にすんな。言わないとお前、いつまでも俺の事見てくれねーだろ」
「そ、それは…」
そうかも、と笑う桜にむっとしつつ。幸村は弧を描く唇から目が離せない。
頬に添えた手を顎まで滑らせて、親指で桜の唇に触れる。つっとなぞれば、息を呑む気配。
「…っ」
「返事はいらねーけど…その代わりに、欲しい」
「えっ?ま、待って…!」
「うるせー…」
慌てる桜の声と吐息ごと、口づけで無理矢理塞ぐ。柔らかいその唇を味わうようにそっと食んで、抱きしめる腕に力を込める。
甘い、けど。
分かっている。返事ももらっていないのに、無理やり口づけたりして、頬を張られても文句は言えない。
けれど幸村の頬に衝撃が走ることはなかった。名残惜しく体を離せば、潤んだ瞳の桜が幸村を睨んでいる。
「ひどいよ、幸村…」
「…桜」
悪い、と言える立場にはない。言葉を迷う幸村の背後を見て、桜が目を見開き、一瞬遅れて幸村も気配に気づいた。
腰の刀を抜いて振り向きざまに構えれば、刀同士がぶつかり合う鋭い音が響く。
「よく受けたな、褒めてやる」
「ほんと神出鬼没ですね…っ」
愉快そうに目を細め、幸村に斬りかかった謙信は、目だけを桜へと向けた。
「桜、食い止めてやるから、行け」
「う、うん…!」
幸村の言葉に甘えて、桜は駆け出した。未だ火照る頬と、口づけの熱が残る唇に触れながら、城へ向かって。