第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
「桜様、お出かけですか?」
もう何度目か。信玄に会うために市に向かおうとする桜を呼び止める声。振り向くと、三成が足早に駆け寄って来る。
「市に出かけようと思って」
「お一人でですか?どうしても出かけるのなら、どなたかお供を…」
おろおろとし始める三成の様子に少し罪悪感が湧くけれど、誰かについてこられては困る。
「大丈夫だよ、三成君。昨日政宗も、もう謙信様達は春日山に戻ったはずだって言ってたし」
「私もそれには同意しますが、万が一という事もあります」
「どうしても買いたい物があるの。直ぐに戻って来るから…お願い」
手を合わせて懇願する桜を困ったように見ていた三成は、降参したように笑う。
「分かりました…お気を付けて」
「ありがとう!」
まだ何か言いたそうな三成の気持ちが変わらない内に、桜はその場をすぐに離れた。
部屋を出てからというもの、桜は秀吉に、家康に、そして三成にこうして呼び止められる度にこうやってくぐり抜けて来た。
武将達の心配症は今に始まった事ではないから、桜は自然と彼らのあしらい方を身につけてしまった。心配から煩くは言うけれど、桜が正面からお願いすれば皆弱いらしい。
「あ…いた」
昨日の雨が嘘のように、今日はからりと気持ち良く晴れている。数日前に待ち合わせたのと同じ場所。信玄が桜を待つその姿に、既視感を覚えるほどだ。
「信玄様」
「やあ、姫」
信玄は桜の姿を認めると、本当に嬉しそうに微笑んだ。ちらりと、目線が下に下がって、さらにそれが深くなる。
「付けてくれているんだな」
「はい。せっかく頂いた物なので」
桜の帯には、信玄からの帯留めが控えめに揺れている。せっかく会うのだから、と付けてきた。
「あの、いつまでも安土にいて大丈夫なんですか?」
「春日山に戻る前に、どうしてももう一度君に会いたかったんだ」
数日前なら、信玄の言葉にどきりとしていただろうが、もう桜は騙されない。
また言ってる、と言いたげな目の桜など意に介する様子もなく、信玄はその手を取った。
「とりあえず、ゆっくり話せる所に行こうか」