第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
翌日。昨日の騒動の後だから、桜もさすがに城を出る気はなかった。部屋に大人しく座って、繕い物をしてみたり、書物を読んでみたりしていたのだけれど。
「うー、肩凝った」
昼も過ぎ、いい加減ずっと座り続けているのも疲れて来た。少し城の庭でも散策しようと、立ち上がって部屋の襖を開ける。途端に肌に当たるのは、湿り気のある風。
「雨…」
昼ご飯の後から全く部屋の外へ出なかったせいで、気が付かなかった。昨日まで綺麗に澄み渡っていた空は暗く重く雲で覆われ、秋の静かな雨が降りしきる。
「これじゃ外に出られないな…」
屋根が張り出した縁側に腰を下ろして、雨の空を眺める。たまに吹く風が、冷たい雨を桜の顔に当ててくる。
「風邪引くぞ」
「…政宗」
廊下を進んで来た政宗が、心配する言葉を掛けながらも、桜と同じように縁側に腰を下ろした。しばし無言で、二人空を見上げる。
「ねえ…政宗」
「んー?」
「昨日あれから、どうなったの?」
「気になるのか?」
こくん、と頷く桜をじっと見て、少しだけ不満そうに息をつくと、政宗は口を開いた。
「逃げられた…まあ、大人しく帰るなら見逃してやるつもりだったけどな」
「そう…」
ほ、と息を吐いた。
「もう春日山に戻ったのかな」
「そりゃ、そうだろ。これだけ騒ぎを起こしておいて、まだいるとしたら馬鹿だ」
「そう、だよね」
くすりと笑う桜に、ひときわ強い風が吹いた。髪を抑えるその横で、政宗が立ち上がり桜を促す。
「いい加減戻れ。濡れるぞ」
「うん」
政宗を見送り、部屋へ戻ろうとする桜を、女中が呼び止めた。文を言づけられたと言って、雨のせいで少し湿ったそれを手渡してくれる。
『麗しの姫。明日巳の刻この間の場所で。信』
短い文面を、何度か読み直して静止する桜。信、という文字が付いて、こうやって女性を誘うような人物には、一人しか心当たりがない。
「…えっと」
春日山の武将は、残念ながら政宗が言うところの馬鹿、であったようだ。