第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
「あの女に、用が済んでいない」
「用?」
信玄の不思議そうな声が、謙信の心にも波紋を落とす。何故こんなにも気になるのか。
「大事な用があるなら、俺が忍び込んで桜さんに会ってきますから」
「いや…それでは意味がない。俺が直接あの女に会う」
「桜さんが気になるんですね」
「…は?」
佐助の言葉に謙信は顔をしかめる。
「じゃ、俺もしばらくここにいようかなー」
「なんでだよ…さっさと帰りやが…ってください」
「つれないなー、幸は。俺も出来ればもう一度あの子に会いたい。それに…安土の甘味処はなかなか良いから、しばらく楽しめそうだ」
「帰れ」
信玄と幸村の言い合いの横から、佐助が謙信の傍まで進み出てきた。無表情の眼鏡の奥が、意味ありげに光る。
「桜さんに会いたいのは分かりましたけど、何をするつもりなんですか」
「あの女の顔が妙に癪に障る。もう一度会って、その理由をはっきりさせる」
「なるほど…」
佐助は、謙信の言う事を心の中で反芻する。つまり端的に言えば、桜に会って顔を見たい、と。そんなことか、と思う反面で。
桜さんが謙信様に会っている所を想像すると、胸の奥がムカムカしてくるな…何だろう。
「分からない事があるなら、追求するべきです。…ただ桜さんは、謙信様を怖がっているようでしたけど」
「案ずるな。次に会った時には、逃がさん」
「…無茶は、やめて下さいね」
心から愉しそうに笑う謙信に、佐助は一抹の不安を覚える。
桜さん…君は、とことん変な人に好かれる運命みたいだな。
ぎゃあぎゃあとうるさい幸村の横で、佐助は一人考える。今日の騒動の後で、あの小舅みたいな武将達が桜を外へほいほいと出すだろうか。
桜さんに会えなければ、謙信様も諦めて春日山に帰ってくれるだろう。
高い確率でそうなるだろうと結論づけた佐助は、また煙玉の作成作業に戻るのだった。