第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
「何考えてんですかっ」
ゼーゼーと肩を上下させながら、幸村が半眼になって事の元凶である謙信を睨みつけた。当の本人は、涼しい顔をして刀の手入れを始めている。
桜がその場からいなくなったことで、安土側の武将達も遠慮がなくなったのか。謙信が動かないのならと、交戦も辞さない態度を取ったため、謙信も刀を抜こうとした。
後ろから織田軍の家臣達にも取り囲まれつつあるこの状況では、さすがに逃げるしかない。慌てて謙信を幸村が押しとどめて、隙をついて佐助が煙幕とまきびしの二重攻撃。
敵将が煙に咳き込み、まきびしに手間取っている間に、会場の混乱に乗じて、何とか庵まで逃げて来た。
「まあまあ、幸。とりあえずは無事だったんだから、よしとしよう」
「あんたはのほほんとしすぎだ!…って、何帰って早々甘味に手出そうとしてんですか」
「えー」
「えー、じゃない。昨日も食ったでしょーが」
のんびりとした信玄が、買ってあった団子に手を伸ばそうとするのを、幸村が没収する。
「俺はちょっと楽しかった…忍術、披露出来たから」
「……」
新しい煙玉を作る準備をしながら呟く佐助には、幸村はもはや視線を送るだけだ。もう突っ込む気力もないらしい。どっと体を壁に預けると、はーと息を吐く。
「とにかく…今日はもう外をうろつかねーで下さいよ」
「それがいいだろうな…謙信様達は、明日の早朝にでも」
「まだだ」
「…え?」
佐助が提案しようとしたことを、謙信が遮る。不思議そうな視線を送る部下とは対照的に、謙信は手元の刀をじっと見たままだ。
「しばらく安土に留まる」
「はあ!?」
「何か、やり残したことでも?」
佐助の静かな問いに、謙信は刀に映る自分の瞳を見る。きらり、と反射する刀の光。少し角度を変えれば、違うものが見える、気がする。