第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
ざ、と足を踏み出す謙信を見上げて、既に演武など見るのをやめて話し込んでいた年少組が顔を上げた。
「謙信様、どうしました?」
「あまり動くと見つかりますよ」
「心配するな。あの女の顔を見に行くだけだ」
謙信の言葉に一瞬ぽかんとする二人だったが、言っている意味を理解して慌てて立ち上がる。
「ちょっ、待ってください!女って」
「桜さんですか?」
「他に誰がいる」
涼しい顔で言い切った謙信が歩みを進めようとするものだから、二人は慌てて前へと回り込む。
「落ち着いて下さい、桜さんなら俺が後で連れてきますから」
「そうですよ!我慢してください!」
「俺も会いたいなー」
「あんたも止めろよ!!」
謙信を止めようともせず、のほほんと言う信玄に幸村が眉を吊り上げる。
「どけ」
「わ」
幸村が信玄に詰め寄っている間に、謙信が佐助を押し退けて歩き出す。佐助はその後ろ姿を呆然と見つめたままだ。
「佐助!」
「だめだ、もうああなった謙信様は止められない…」
「おいコラ、諦めんな!!見ろあれ、安土の武将全員いるんだぞ!やべーだろうが!」
佐助を引きずるように連れた幸村が謙信を追う頃には、既に審査席のすぐそばまで迫っていた。
謙信の瞳には、もはや桜しか映っていない。傍に誰がいようと、それは謙信にとって何の影響力もなかった。
ふと感じた違和感。それは数々の戦を経験した勘。
ばっと走りだした謙信の後ろから、部下が自分を呼ぶ声が聞こえる。審査席に駆け寄る自分を慌てて止めようとする者達を押し退け、刀を抜いて。
末席に座っていた伊達政宗がガタンと立ち上がるのが見えても、止まらない。伸びてくる手をかわし、並べられている文机を蹴り飛ばし。
混乱する審査席を尻目に模擬戦を続けていた男の槍が、折れた。
鋭い金属音と、風の音。
全ての時が止まる中で、桜をじっと見つめる謙信の瞳だけが、ゆっくりと揺らめいていた。