第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
「本当にいいの?お金」
「気にすんな。これくらい奢らせろ」
「じゃあ…ありがとう。ご馳走様でした」
「おー」
桜の分の支払いまで済ませてくれた幸村にお礼を言って、二人で通りへと出た。明るい通りは相変わらず多くの人で賑わっていて、気持ちのいい風が通り抜けていく。
「俺は店戻るけど、お前どうする?」
「今日はもうお城へ戻ろうかと思って」
「…そうか」
お腹がいっぱいになると、午前中に歩き回った疲労が眠気となって桜を襲ってくる。早めに帰って、少し休みたかった。
「じゃあ、またね」
「っおい」
踵を返した桜の手を、幸村がぱしんと掴んだ。振り向いた体が、そのまま少し引き寄せられる。
「どうかした?」
「お前、今度…」
ほんの少し頬を染めた幸村だったが、言葉は続けられなかった。ぱっと桜の手を離すと、気まずそうに頭をかく。
「幸村…?」
「何でもねえ、忘れろ。…じゃあな」
「え、ちょ…」
桜が引き止める間もなく、幸村は足早に去っていく。引き留めるために上げた片手をそのままに、ぽかんとする桜の背後から。
「やあ、姫。奇遇だね」
「信玄様…?」
「うん…今日も変わらず麗しい。ところで…今のは幸かな?」
振り向いた桜と目が合い、相好を崩す信玄。通りの向こうを見やり、小さくなる赤い背中を見送る。
「はい。たまたま会ったので食事を…でも急に帰ってしまって」
「そうかー」
不思議そうにしている桜とは真逆に、信玄は悟ったように微笑む。
どうやら、邪魔をしてしまったようだ。
幸に悪いことをした、とは思うけれど。しかし今現在のこの状況を逃す手はない。
「桜。明日は何か予定が?」
「いえ…仕事もありませんし、空いています」
「じゃー、俺に君の時間をくれないか」
にこり、と優艶に微笑む信玄にどきりとする。仕事も終わったし、出来れば謙信が安土を離れるまでは城に籠っていたかったのだけれど。
「…駄目かな。せっかくの安土で、君と逢えた幸運を無駄にしたくない」
優しくも、どこか獲物を見つけた獣のような光を放つ目に囚われて。桜は思わず頷いていた。