第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
「あの…痛いんですけど…」
掴まれたままの腕を離してほしくて、なけなしの勇気を振り絞り抗議してみる。腕をちらりと見下ろした謙信は、離すどころかさらに力を入れて、ぐいと桜を引き寄せた。そのまま不躾にも、じろじろと観察し始める。
「な、なにか…?」
「織田信長は、こんな女が趣味なのか」
「…は」
予想していなかった言葉に、ついまじまじと謙信を見返してしまう。その瞳には、不思議そうな色が浮かぶ。
「戦にまで連れて来るのだから、余程の執心ぶりなのだろう。…俺には、お前のどこがいいのかさっぱり分からんがな」
「違いますっ」
失礼な物言いにムッとして、桜は力任せに腕を振りほどいた。
「信長様の女なんかじゃありません!」
「では誰の女だ?」
「だ、誰のでもないです!戦には、無理やり連れていかれたんです」
訳がわからない、というように謙信が眉をひそめる。機嫌を損ねれば、何をされるか。桜は内心気が気ではない。
「刀が扱えるのか」
「まさか!そんな訳ないでしょう」
嬉しそうに自分の刀に触れる謙信にどきりとして、大慌てで否定する。
「…つまらん」
つ、つまらん?
あんぐりと口を開けた桜など、もう眼中にないのだろう。興味を失ったように肩を落とし、謙信は振り向きもせずに一人来た道を戻っていく。
「な、何なの…!」
全身から力が抜けて、そのまま座り込んだ。もう、良い天気に釣られて出掛けるのはやめようと、固く誓った瞬間である。
「謙信様、探しましたよ」
「佐助か」
謙信の横に並んで歩きながら、佐助は無表情に主君を見る。
「あまりうろうろしないで下さい。誰かに会ったらどうするんです」
「うるさい。もう会った」
「…え」
「拍子抜けするほど、呑気な顔の女にな」
女、と呟いた佐助は、小さく目を見張る。
「まさか、桜さんですか」
「名は知らん。戦の場にいた女だ」
「それなら桜さんだ。…何もしてないでしょうね?」
「向こうが逃げるから、追っただけだ」
「………」
言葉も忘れて呆れる佐助を尻目に、謙信はぽつりと呟く。
「桜…か」