第23章 温泉旅行へ*信長エンド*
「私はちゃんと、生きています。だから、そんなに苦しそうな顔をしないで下さい」
「…貴様の方が、よほど苦しげだがな」
ちょん、と眉間をつついてやれば、慌ててそこに手をやる桜に思わず苦笑が漏れる。
その体を腕の中に抱え込めば、温もりと鼓動が、お互いの命を確かに伝えている。
虫の良い話だと、思う。奪うだけ奪っておいて、愛を謳うなどと。
だから、戯れにと言い訳をして迫った。桜が欲しい。欲しいものは手に入れる。その想いは嘘ではない。
しかし、あくまでも戯れ。
…そうでなければならない。
心の底から想いを寄せてしまえば、もう後には後悔しか残らないのだ。
大事な物を持ったこと。
愛してしまったこと。
失ってしまうこと。
残していくこと。
己がどれだけ恨まれようと、どうとも思わない。そういう道を覚悟して歩んできた。
だが、桜が苦しみ、涙を流す姿は我慢ならない。
だから、愛さない。
だが、今。
信長の想いは既に、そんな次元をとうに越えていた。好きだとか、恋だとか。そんな陳腐な物言いでは足りないほどの深い想いが、いつの間にか全身を貫いている。
この想いを後悔せよというのなら。
出会ったことを後悔しなくてはならない。それほどに、必然だった。
愛さないなど、不可能だった。
「信長様」
名を呼ぶ声に、信長は体を離した。全てを受け入れてくれる優しい瞳が、信長を映す。
「この旅の間、ずっと信長様が私を気にかけていて下さったこと、知っています。それに、山道ではずっと手を引いていて下さいました」
嬉しそうに微笑むと、桜は自分の両手をぎゅっと握った。
「私の手には、もう信長様の温もりが宿ってしまいました。他の温もりでは、心地が良くありません」
だから、と言ったまま、桜は俯いてしまう。耳元まで赤くなっているその姿が、信長の胸の奥を疼かせる。
気持ちを代弁するかのように、胸元で握りしめられた桜の両手には、その色が変わるほどの力がこもっている。信長はそれを優しく解くと、それぞれの手に手を取った。重なり合う両手を見て、桜の頬が緩む。