第23章 温泉旅行へ*信長エンド*
やがてその甘さが金平糖の物ではなくなってきた頃。軽い水音を立てて唇が離れると、熱情に揺れる信長の瞳が桜をとらえる。
「貴様が…欲しい」
「…え…っ」
その言葉に桜が驚き、息を呑んだ瞬間には、信長の腕が肩を押していた。重力に抗えずに倒れた視界に映るのは、満点の星空と煌く瞳。
「信長様、ま、待ってくださいっ」
「黙れ。俺は欲するものは必ず手に入れると決めている」
下から慌てて胸を押し返そうとする桜を見つめる瞳は、煽情的でありながらどこか切なげで。状況を忘れて見惚れてしまう程の色を放っている。
気付けばすっかり力の抜けていた腕は信長にとらわれ、耳元までその顔が近づいていた。
「貴様を寄越せ…桜」
「…あっ」
耳に響くいつもより少し低い声。掠れ気味のそれに顔を熱くしていると、耳たぶに噛みつかれてびくりと跳ねる。反射的に上げてしまった声に羞恥心を覚えて、口を手で塞いだ。
体を起こして、そんな桜を上から見下ろしてニヤリと笑った信長。ふいに、眉間に皺を寄せた。
「…またか」
「信長様?」
呆気なく離れる信長にほっとしつつ、ただ事出ない様子に桜も慌てて体を起こした。座ったままで見渡せば、下の道からこちらへ向かってくる男達の姿が、夕方のそれと重なる。
「あやつらめ、取り逃がしたな」
忌々しそうに呟いた信長が、顔だけで振り向いて桜を見る。
「そこにいろ」
「はい」
桜から少し離れた信長が、男達と対峙する。今度は、既に刀を抜いている。
「身なりも良くて女づれとは、いいねえ」
「去れ。今引き返せば見逃してやる」
「ぎゃっはっは」
「命乞いして女置いて行けば、俺達も見逃してやるぜえ」
桜との時間に邪魔が入った事で機嫌が悪くなっていた所に、男たちの物言い。感情の消えた顔で、信長は男達に刀を振るった。
桜の手前、殺さないよう手加減しているとはいえ、それは必要最低限だ。目にもとまらぬ速さで倒れていく仲間を見て、最後の一人がなけなしの勇気で構えた刀。それを信長が弾いた時、奪われた後も使い古されてきたその刃に限界が来た。