第23章 温泉旅行へ*信長エンド*
「落ち着け、ただの獣だ」
「…は、い…っ」
背中をさするのとは別の手が、桜の目元を優しくなぞる。その指の温もりに強張っていた肩の力を抜くと、ふ、と信長が笑った。
「貴様がそこまで怖がるとは思っていなかった。…少し、やりすぎたな」
「本当ですよ…」
睨む桜の頭に、信長の大きな手がぽんと乗った。安心させるように、ゆっくりと撫でていく。
「共にいるのは誰だと思っている。何が来た所で、貴様に危険が及ぶことはない」
「それでも、怖いものは怖いです…」
桜の不安げな声に、信長はいつもの顔でにやりと笑った。
「まあ、貴様が抱き着いてくるのなら悪くはないな」
「ひどい…」
がくりと肩を落とす桜に笑い声を上げて。信長は再び桜の手を取った。さっきまでと違うのは、その指が絡むように深く繋がれていること。
「案ずるな、桜。貴様は、ただ俺について来ればいい」
「……はい」
まだ抜けていなかった恐怖に走っていた鼓動が、今度は甘い熱を帯びて違う音で鳴りだす。森の暗闇も状況も、何も変わってはいないはずなのに。繋ぐその手の安心感が、桜を温かく満たした。
それから暫く歩き続けて、鬱蒼としていた森が途切れた。まだ町までは距離があるものの、見通しのいい道が続いている。
「桜、もう貴様の意見は聞かんぞ。休め」
「はい、分かりました」
信長が、布を取り出して林道の端に敷いた。有り難くそこに腰を降ろせば、誤魔化していた疲労の波が襲ってくる。
「町まではあとどのくらいなんでしょうか」
「半分は来たはずだ」
「半分…」
あと同じだけ歩かなければならない。落胆を隠せない桜の様子に、信長は懐に手を入れた。
「桜。手を出せ」
「…?はい、わっ」
訝りながらも出した手に、コロコロと転がり落ちてくる金平糖。下に落とさないように受け止めると、一つ取って口に含む。疲労した体に、ほのかな砂糖の甘さが染み渡っていくようだ。
「美味しい…」
顔を綻ばせる桜を満足そうに見て、同じように金平糖を食べる信長の顔もまた、緩む。