第23章 温泉旅行へ*信長エンド*
三成が作った地図を頼りに、二人は暗い山道を下っている。茂る木々のせいで、月明かりも届かない。暗く沈んだ森の中で、桜の手を引いてくれる信長の温もりだけが心の拠り所だ。
とはいえ、真っ暗な森を歩くなどという経験は早々あるものではない。時折聞こえてくる獣の唸りにびくりと身体を竦ませていると、風で擦れる葉の音ですら不気味に思えてくる。
「少し、休むか」
「いえ!大丈夫です」
もう何度目か、信長が振り返り休憩を提案してくれるけれど、桜は頑として首を縦に振らない。休憩するよりも、早くこの森を抜けてしまいたかった。
「桜、こんな話を知っているか」
「何ですか?」
細い山道は、二人並んで歩くことは叶わない。桜は、唐突に話し始めた信長の白い羽織の背中を見つめた。
「ある山で、賊に襲われ死んだ盲目の男がいたそうだ。そいつは、賊を恨みに恨んで妖となった」
「え……」
信長の口から紡がれる怪談に、桜の思考が停止する。淡々としたその口調が恐怖を煽る。ざわついていた筈の森がしん、と静まり、信長の言葉に聞き入っている。そんな気配。
「ついに男の掌には目が生えた。月夜にその手をかざして歩き回って」
「や、やめて下さいっ」
既に話は終わりかけていたけれど。声を震わせながらも、信長の言葉を遮らずにいられなかった。目が暗闇に慣れたことがさっきまでは嬉しかったというのに、今はただ恨めしい。
暗く重く沈んだ木々の隙間から。ゴロゴロとそこここに転がる岩の向こうから。息を潜めてこちらを伺う何者かが、飛び出てくるのでは。思わず繋ぐ手にあらん限りの力がこもる。
「何で今、そんな話をするんですか!」
「貴様があまりに怯えているから、からかっただけだ。他の話も聞くか」
「結構ですっ」
突如、がさがさ、と草をかき分けるような音が響いた。文字通り、飛び上がる。
「きゃああっ」
桜の叫びに驚いて足を止めた信長の腕に、抱き着くようにしがみ付く。恐怖が臨界点に達して、青ざめた顔には涙が浮かぶ。
「桜」
優しく背中をさする手の感触を感じて、我に返る。信長の羽織に埋めていた顔を上げれば、優しい瞳が桜を見下ろしていた。