第23章 温泉旅行へ*信長エンド*
「もう陽が落ちますね」
山道をゆっくりと下りながら、桜は空を見る。夕陽をもう少しのんびり見ていたかったけれど、暗くなってしまってから山道を歩くのは危険だ。
「空を見るのもいいが、少しは足元を気にしろ」
「はい…わっ」
前を歩いていた信長の忠告に返事をした瞬間に、ずるりと足元が滑った。繋いでいた手を、信長がぐいと引いてくれたおかげで、尻餅をつくことは免れた。
「す、すみません…」
「次同じ事があれば、俺が貴様を担いで運ぶぞ」
「気を付けますっ」
からかうように軽く笑った信長が、ふと顔を上げた。
「騒がしいな」
「え…」
桜も耳を澄ますと、対岸の方から様々な声や響きが波のように聞こえてくる。それは不穏な響きを伴い、桜の心に漠然とした不安を植え付けた。
「何か、あったんでしょうか…」
「…桜、止まれ」
信長が、背中に桜を庇うように仁王立ちになる。繋いでいた手を離して、刀に手をかける様を見て、桜は邪魔にならないように少しだけ下がった。
進行方向から、ぎらついた瞳でこちらを睨み歩いて来る、数人の男。小汚い身なりで刀を手にしている。
「野盗の類か」
「金品全て寄越せ!」
ふん、と鼻で笑った信長は刀を抜きもせず、向かってくる男達と相対する。
刀を持つ手を押さえつけてひねり上げ、そのまま転がす。脇にいた男の着物を力任せに引いて、別の男に投げる。
桜が見ている前で、信長は一滴の血も流すことなくあっという間に男達をねじ伏せてしまった。
「よし」
ぱんぱん、と手を払って信長は桜を見た。
「怪我はないな?」
「はいっ」
「急げ、宿へ戻るぞ。恐らく襲われているのだろう」
駆け寄る桜の手をまた取って、信長が倒れる男達の脇を速足で抜ける。ざくざくと足音を響かせながら森を抜けると、二人は足を止めた。
いや、止めざるを得なかった。
「橋が…」
驚きに目を丸くする桜の呟きが、渡る術を失った川に響いた。