第22章 温泉旅行へ*家康エンド*
「そうだ、これ」
「あ…草履」
家康の手から受け取ったそれは、森の中を走り回ったせいで傷だらけで汚れてしまっている。
「拾ってくれたんだね」
「まあね」
「…鼻緒を直せば、また履けるかな」
「まあ、履けるだろうけど。でも履くなら、こっちにしなよ」
そう言った家康の手には、いつの間にか桜柄の鼻緒が可愛らしい新品の草履が乗っている。
「…それ」
「昨日、買っておいた。あんたに渡そうと思って持ってたのが、ちょうどよかったね」
自然な仕草で桜の足元に屈んだ家康の手が、草履を足へと履かせた。寸法もぴったりのそれを、桜はまじまじと見つめる。
「綺麗…ありがとう」
「足が治っても、新しい草履にはしゃいで走り回ったり、しないようにね」
どうせろくなことにならないんだから、と続く。いつもなら反論する桜だけれど、今回は笑うしかない。
…あ、そういえば。
ふと思い出して、桜は自分の懐に入れてあるはずの物を着物の上から触れて確かめる。落としていないことに安心して、ちらりと家康を見てから、取り出す。
「あのね…家康」
「何?」
「た、大したものじゃないんだけど…これを渡そうと思って…あ」
がさがさと包みを開けていた桜の手が止まった。見る間に顔が陰って、がっくりと肩を落とす。
「…ごめん、やっぱり後で渡す」
「え…どうして」
「欠けちゃってるみたい…でも、もう一つ部屋にあるの。家康にはそっちをあげるから」
「ふうん…それ、見せて」
早く、と手を差し出す家康に、仕方なく包みを広げて中身を渡す。特徴的な顔をした小さな猫の置物だが、しっぽが欠けている。転んだときにでもぶつけてしまったのだろう。
「昨日市で見つけたの。家康に似てて可愛いなと思って、お揃いで買ったんだ」
「ちょっと待って。俺、ここまでふてぶてしい顔してないと思うんだけど」
「そうかな…似てない?」
「似てない」
心外だと言いたげな瞳で猫を睨みつけた後、家康はそれを大事そうに包み直した。
「まあ、いいけど。…ありがと」
「え、駄目だよ。そっちは私の…」
「こっちがいい」
そう言うと、家康は桜の言葉も聞かずにさっさと包みをしまった。