第22章 温泉旅行へ*家康エンド*
悲鳴を上げ続けていた肺を休ませるため、桜はやっと立ち止まった。出来るだけ大きな、体全体を隠してくれるような太さの樹の根元に座り込む。
ゼイゼイと、喘ぐような荒い呼吸を繰り返しながらも、辺りを注意深く見る。木々のざわめきと風の音しか聞こえないことを確認して、ようやく深呼吸した。
吉次さん…無事かな。
最後に見た姿を思い出す。誰かが見つけて、助けてくれている事を願うしかない。
ずきずきと、体が痛む。桜は、走る馬から無理矢理飛び降り逃げ出した。道が曲がり、速度が落ちた所を見計らったとはいえ、当然無事ではない。
「うわ…」
着地したときに捻った右足を見て、思わず声が出た。熱を持ち疼く足首は、腫れているのが足袋の上からでも分かる。手当てもしないまま駆け続けていたのだから、無理もない。
「……っ!」
かつかつという蹄の音が響いて、弾けるように顔を上げた。体を叱咤し立ち上がると、何かに押されるように走り出す。
痛む足など、この際気にしてはいられない。捕まればきっと、それよりひどい事が待っている。
もう、諦めてよ…!
もつれそうになる足を必死で動かしていく。さっきからこうして、少し休む度に馬の蹄の音に追い立てられては逃げて、を繰り返しているのだ。
…遊ばれてるんだ。
悔しさに唇をかむ。捕まってなどやらないと、走る速度を上げる。木々を縫い、馬が通れないような細い隙間を選び走る。
視界を覆っていた木々が途切れ、桜は河原へと出た。足元が土から砂利へと変わった時、ブツリ、と足元に衝撃を感じて、勢いよく転んだ。
「っわ…!!」
手をつき、座り込んで足元を見れば、草履の鼻緒が切れている。昨日一度切れて、吉次に直してもらった所だった。
草履を拾い上げようとした桜の視界の端に、馬の姿が映った。草履を諦め、無事なもう片方も脱ぎ捨てた。
また森に入らなきゃ。
河原を走り出しながら辺りを見渡す。このままでは丸見えだ。
「いたぞ!」
男の声に焦燥が募る。背後から馬が河原へと飛び出してくる気配を感じて、桜は木々の中へ飛び込んだ。