第22章 温泉旅行へ*家康エンド*
馬の蹄の跡を追っていた家康は、途中でそれが森の奥へ逸れていることに気付いた。森の奥へ入ってしまうと、もう馬の足跡は追えないだろう。
木々の間を、見逃さないよう進んでいく。小さなあの身体を、今朝見たばかりの着物の柄を。時折馬に踏みつけられた草木の跡が、家康を桜の元へ導いていく。
しかし、一向に姿を見つけられないまま、川が眼前に見えてきた。家康が引き返そうかと思った時、灰色の河原にポツン、と落ちている物に気付く。
「…あれは」
急いで河原まで出て、馬から降りる。拾い上げたそれは、確かに桜が履いていた草履だ。
「鼻緒…切れてる」
草履を握りしめながら、努めて冷静に状況を分析してみる。桜は、男達から逃げているのだろう。森から出た所で鼻緒が切れて、それでも立ち止まるわけにはいかずに、ここで脱いだ。
どっちに行った。
懐へ草履をしまって、馬へと戻る。桜はどの方向へ逃げたのか。
「…くそ」
気持ちばかりが先を行って、満足に思考も出来ない。立ち止まっているよりはマシだと、家康は馬を進める。
…桜。
「必ず…助ける」
家康の脳裏に、無邪気な笑顔が浮かんでくる。人の心にずかずかと入って来て、かき乱しては去っていく、迷惑な笑顔。
騒がしくて、ちょろちょろと周りにいるのが鬱陶しかったはずなのに、いつの間にか傍にいることが当たり前になっていた。
「桜」
思わず名前を呟いた。もしかしたら返事をして、出てきてくれるのではと、期待する自分がいる。
ふと、風が凪いだ。静まった川辺で無意識に馬を止めた家康の耳に、微かに聞こえた声。もう聞き逃さない。
反転した馬が、飛ぶように駆け出した。