第21章 温泉旅行へ*三成エンド*
「あら…三成様。どうなさいました?」
玄関で棒立ちになっている三成を、先ほどから通りかかる女中達がいちいち気にかける。その度ににっこりと愛想のいい三成に、女中達がときめいていることには当然気づかない。
「待ち人をしておりまして」
「左様ですか。腰かけをお持ち致しましょうか」
「ありがとうございます」
一日目の朝から昼へと差し掛かる時間。三成は光秀の助言に素直に従って、玄関で家康を待っている。女中が持って来てくれた腰かけにありがたく座ると、女中が声を潜めて話しかけてきた。
「三成様、あの…桜様には、恋仲の方がおられるのでしょうか」
「え…恋仲、ですか」
ぱちくりと目を瞬かせる三成に、女中は申し訳なさそうに眉を下げ、頷いた。
「実は宿の吉次が、桜様を大変お慕いしているようで、それはもう大変な騒ぎでして…」
「はあ…」
「桜様のここが素晴らしいとか、恋仲の方はいらっしゃるのか、とか。とにかくそればかりで…」
あまりピンと来ていないような顔でとりあえず頷く三成に、女中は構わず続ける。
「身分違いだとたしなめてはいるのですが、あまり聞く耳を持たず…桜様のためなら何でもするなどと。心配になるほどの執心ぶりなのですよ」
「そう、ですか」
女中の言葉に、三成の顔が真剣なものに変わる。そんな三成の様子にはっとした女中は、話しすぎたことを詫びながらそそくさと立ち去って行った。
何でもする。
その言葉だけが、三成の頭に妙に引っかかる。何となく。そう、それは極めて些細なものだけれど。自分の果たしてきた役目上、どれだけ小さな違和感であっても徹底的に調べてきた。
ただの杞憂であればそれでいい。しかし手を尽くしていればと後悔する事だけは、絶対にあってはならない。
…まずは、色々聞いて回ってみよう。
うん、と頷いて顔を上げた三成の目の前で戸が音を立てた。入って来た家康と、無言で見つめ合う。
次の瞬間、破顔する三成と、対象的な顔の家康。
「…一応、聞く。何してる」
「家康様をお待ちしておりました」
「どんぐりでも拾ってくるんだった…」
「はい?」
投げつけるためのどんぐりは、家康の手元にはない。