第19章 温泉旅行へ*光秀エンド*
バタン、と戸が閉まる。入った時と同じ音のはずなのに、安心する。桜は強張っていた身体の力が抜けると同時に、今更小さく震えている自分に気が付いた。
こ、怖かった…。
光秀さんが来てくれなかったら、と想像しただけで血の気が引いていく。
「光秀さん、あの…」
お礼を言おうとした桜の両頬を、光秀がつまんだ。ぶにんぶにんと、伸び縮みさせて楽しんでいる。
「い、たひでふ…」
「ならば、笑え」
ぶに、と頬を伸ばされ、無理やり笑い顔にされる。桜としては、あまり見せたい部類の顔ではない。
「わかりまひたから…」
やめて欲しくて睨む。
「睨んでも、愛らしいだけだ」
光秀の手が、ぱっと離れていく。その体温が、少しだけ名残惜しい。
「言っただろう。お前の能天気さに救われている奴がいると…だから、能天気に笑っていろ」
怯えなくてもいい。
そう言ってくれているのだと気づく。いつの間にか、体の震えも治まっていた。
「はい…ありがとうございます」
「やはり、お前はそうでなくてはな」
桜の笑顔に、優しい瞳でふっと笑った光秀。ふと真剣な顔になって、桜を腕の中へ閉じ込めた。
「っみ…」
「桜」
強く名前を呼ばれて、口をつぐむ。
「俺以外の男に…騙されるんじゃない」
耳元でする光秀の声は、からかう調子など微塵もない。どこか切羽詰まったような、余裕の感じられない声。
「っ…すみません…」
ふっと笑う気配がして、光秀の腕は呆気ないほどすぐに離れる。桜に残されたのは、大きく波打つ心臓の鼓動と、動揺。