第19章 温泉旅行へ*光秀エンド*
信長と何事もなく宿へ戻って来て、夕食。明日帰るだけだからか、皆妙に騒いでいて、宴へと変わりつつあった。
少し騒ぎつかれた桜は、休憩がてら手水へと向かう。その戻りで、黙々と武将達の酒やつまみを運んでいた吉次が、桜に声をかけてきた。
「桜様」
「はい?」
「花に興味はおありですか?」
にこにこと、笑みを浮かべた吉次が桜に言うには、夜にしか咲かない珍しい花があるのだという。それが、今夜おそらく咲く。
「もし良ければ、私がお連れ致しますよ」
確かに、そんな珍しい花なら見たい。せっかくの厚意だし、連れて行ってもらえるのなら。少し考えて、桜はその誘いを受けたのだった。
「私だけ、ですか?」
「ええ…いけませんでしたか?」
「いえ」
宴も終わり、静まった宿を出る。てっきり他も来るだろうと思っていたため戸惑うけれど、慌てて断るのも悪いだろう。そのまま二人で出発した。
暗いからと手を引いてくれる吉次に素直に甘えて、共に歩くことしばし。
「こちらへ」
光秀と川下りをして、舟を下りた辺りまでやって来た。舟を保管しておく小屋へと促される。
先に入った桜の後ろで、バタンと音を響かせて戸が閉まる。どこか不吉なその音に、桜は振り向いた。
細く月明かりが入り込む薄暗い小屋の中で、吉次がじっと無言で戸の前に立ち、桜を見ている。光は届かず、顔は見えない。
「吉次…さん…?」
花の所へ、舟にでも乗るのだろうか。そう、呑気なことを考えている自分がいる一方で、桜の体を嫌な汗が伝う。
じっと様子を伺っている桜に、吉次が一歩近付く。ギシリ、と床板がなって、思わず桜も後ずさる。
「どうしました?桜様」
「い、いえ…」
一歩、一歩。吉次が少しずつ近付いてくる。桜も無意識に後ずさり、気づけば壁に背中が触れていた。
小屋の隙間から、青白く入り込んでいた月の光。吉次がもう一歩踏み込んで、その光に顔が照らされ、桜は息を飲んだ。
宿で見たような微笑みとはかけ離れた、歪んだ笑顔。そこで初めて、騙されたことに気づいた。