第4章 ずぶ濡れの恋心<真田幸村>
「幸村」
「…あ?」
思考の奥深くから、出かけたはずの佐助の声で浮上する。長屋の入り口から半身だけ覗く佐助の姿。
「今いつも店のある辺りに行ったら、向こうから人が向かってきてて…あれ、たぶん桜さ」
佐助がいい終えるのを待たず、幸村は勢いよく立ち上がると外へ飛び出した。後ろから佐助が傘を渡そうと声を上げているのが聞こえていたけれど、濡れるのに構わず走っていく。
「ハァ…ハァ…桜!」
「ゆき…わっ!!」
幸村の声に振り向いた桜を、勢いもそのままに抱き締める。桜の持っていた傘が反動で飛ぶ。
「ど、どうしたの?」
「…会いたかったんだよ…悪いかよ…」
飛びついた衝撃と、面食らったような桜の声に我に返り、急に恥ずかしくなる幸村。しかし、桜に会えていなかった不満の方が大きくて、抱きしめるその手は緩まない。
顔が赤くなるを抑えきれずに、桜を腕の中に収めたまま素直に思いを呟けば、
「…私も、会いたかったの。雨だから、いないかもって思ったけど…」
桜がそう言って、幸村の背中にそっと手を回してくる。
ここが安土であることも、自分の役割も、体を伝う雨も。今だけは何もかもどうでもいい。ただ、背中にある桜の手の感触と、自分の腕の中にある愛しい人の温もりだけ。
桜の顔が見たくて、密着させていた身体を少し離せば、桜も顔を上げて幸村を見る。
二人はどちらからともなく口づけて、にっこりと微笑み合った。