第16章 温泉旅行へ*2日目昼編*
「そんなに聞きたいのなら、聞かせてあげる」
普段より一段低い声が、耳元で響く。家康の腕が、吐息が、今桜の全てを支配している。
「あんたの笑顔が好き」
その笑顔が、俺の全てを受け入れてくれるような気がするから。
「あんたの声も」
少し高くて柔らかいその声を聞くと、不思議と心が安らぐから。
「あんたの目も」
俺だけを、見ていて欲しい。
「あんたの匂いも」
首筋に顔を埋めたら、びくっと桜の体が反応する。ふわりと香る桜の匂いは落ち着く。
「あんたの全てが好きだ…桜」
埋めていた顔を上げて、わざと桜の耳に限りなく近づいて囁く。赤くなったその耳を、自分の声だけで満たしてやりたい。
ここまで言っても無反応な桜に少し不満を感じて、耳にちゅっと音を立てて口付ける。
「ひゃっ…!」
びくん、と体をのけ反らせる桜。家康は、抱き締めていた腕を緩めて、桜と正面から向き合う。
「桜、好きだ」
「…っ」
これ以上ない程に真っ赤になった顔の桜が、家康を見返す。
自分の顔も赤くなっていることは承知の上だけれど、一度溢れた想いに蓋をする気はない。
桜が、必死に何か言おうとしているけれど、感情がついていかないのか。口をぱくぱくさせるばかりで、声が出てこない。