第16章 温泉旅行へ*2日目昼編*
家康が何を求めているのか分からず、桜は目を白黒。
「我慢出来ないって、言って」
「え?え?」
「いいから、ほら。…早く」
「我慢…出来ない…?」
「良く出来ました」
言葉を復唱してみせると、家康が満足そうに微笑んだ。あまりしない笑い顔にどきりとする。
「じゃほら、入るよ」
「いいの?」
「いいの」
本当はよくないのだけれど。
後が大変に怖いけれど。
特に、信長様当たりが。
まあ、殺されはしないだろ。
桜と今いられれば、それでいいと思う家康であった。
ほかほかと、出来立ての湯気を上げる蕎麦。二人の元に運ばれてきて、いただきますと手を合わせる。
薬味を容赦なく振りかけて食べる家康の手元を見ながら、桜は家康の行動の意味を考えていた。
さっきのはたぶん…お昼ご飯を私にねだって欲しかったのかなあ…。
すぐに風呂に向かった桜は、昨日光秀が皆から鬼のような顔で責められていたことを知らない。
まあ、いいや。お蕎麦食べたかったし。
空腹の前には思考力も低下するというもの。ひとまず目の前にある蕎麦に集中する。
「美味しい…」
だしのきいた汁が身体にしみる。心から出た一言に、家康が頷く。
「うん、美味しい」
家康の綻んだ顔も、心からの本音を映しているようだ。二人で笑いあい、心が満ちてくる。
腹も満ちてくると、桜の頭はまた思考を始めた。