第16章 温泉旅行へ*2日目昼編*
「…こんなもんか」
包んでもらった薬草を懐にしまう。あまり期待していなかった家康だったが、良いものが手に入り満足していた。
桜がどこに居るかと見渡すと、小間物屋のさらに向こうの店の前に立っている。と、その足元に男がうずくまっているのが見えた。
「…っ」
鼓動が跳ねて、体が動いた。
「ありがとうございます…」
「いえ、桜様にお怪我がなくて何よりでございました」
「桜!」
小走りに駆けよってきた家康の声に、背を向けて桜と話をしていた男が振り向く。
「ああ、家康様」
「なんだ…あんたか」
宿の吉次だ。てっきり変な奴に絡まれていたのかと思った家康は力を抜く。
「家康、買い物終わった?」
「うん。…どうかしたの」
「鼻緒が切れちゃって。たまたま吉次さんが通りかかって、直してくれたの」
「ええ、買い出しに来ておりましたので」
「…そう」
自分が桜から離れていたのが悪いのだけれど、なんとなく面白くない。自然とぶっきらぼうな言い方になる。
「では、私はこれで」
「はい」
慇懃に礼をして、吉次が二人から去っていく。家康とすれ違う間際、にやり、と口端が上がったように見えて、家康はばっと振り向いた。けれど後には、さっさと離れていく後ろ姿があるだけ。
「……」
「家康?」
くい、と袖を引かれて我に返る。吉次のもの言いたげな笑みが頭から離れずに、むかむかとした不快な気持ちが家康の腹の中にたまっていくようだ。