第15章 温泉旅行へ*2日目午前編*
桜の厚意に甘えて、書物に再び向かった三成は、しかし全く集中できていなかった。
食事をとって一息ついたから。
夜が明けたから。
かけている眼鏡に触れる桜の姿がちらつくから。
視界の端を行き来する桜が気になるから。
理由はいくらでも考えることが出来たけれど、普段ならそんなもの、関係ない。文字列をいくら目に映しても、それはただ記号でしかなく、頭の中に情報として入ってこない。
これでは意味がありませんね。
諦めて顔を上げる。三成が散らかした書物の整理をしながら、時折中を読んでいる桜。宝物を探す小さな子どものようなあどけなさが微笑ましい。
三成がじっと観察していることなど全く気付かない様子で、次の山に取り掛かろうとしている。
私はいつも、このような様子なのでしょうか…。
三成は男だし、夜を明かしてしまおうが、食事を抜いてしまおうがどうでもいいけれど、桜に置き換えてみた途端、ハラハラと心配でたまらなくなる。何よりも、集中しているその姿がとても無防備で、危うい。
巻物の束を手に立ち上がり、桜が棚へ向かう。つま先立ちで棚へ戻そうとする様子に居ても立ってもいられず、三成は立ち上がった。後ろから手助けして、危ないですよ、と見下ろせば。
「三成君、ありがとう」
見惚れるほどの可愛らしい笑顔。返事も忘れて、ただ見つめ返した。