第21章 不確か
鈍いボンクラかと思わせても伊達に逃げ隠れの磯を出自に持つ訳ではないのだ。気配に敏い。
「どうした手でここにいらっしゃるのか知りませんが、戻られた方がいい」
「言ったでしょう。あなたも連れて行くと」
薬を呑み下して小さくえづいた牡蠣殻の背を擦りながら、鬼鮫は胸に苦い思いが蟠るのを感じた。
「今の私はとてもの事巧く失せられたものではありません。何処へ出るかわからないし、出先で昏倒する可能性もある」
「なら担いで行くまでですね」
「馬鹿な事言わないで下さい。あなたには頼まれて貰わないと困る。共倒れる訳にはいかないのです」
牡蠣殻はそこらに散らばった血染めの綿紗を外道薬餌の薬包とまとめて、ざっと晒に包んだ。
「動かないで下さいよ。あなたの体のお陰で私のしている事は死角に入ってるんです。先刻から杏可也さんがこちらを気にし出しています。どうぞお静かに」
言いながら抱きついて来た牡蠣殻の背に、鬼鮫は黙って手を回した。懐に包みが滑り込んで来たのがわかる。
「薬は砂に、血は音に」
掠れた低い声とうっすらと染み付いた煙草の匂い。
「草の表に飛ばします。多少手荒になりますが貴方なら大丈夫でしょう」
「ここで荒浜にその身体を看せるつもりですか」
「彼は医師です」
「毒を盛る医師がいますか」
「あなたについて暁に行っても医師は居ないでしょう」
「サソリは毒に精通しています。解毒や事後の手当にも明るい」
「…サソリさんですか…いや、ちょっと勘弁して下さい」
苦笑いする気配。
「私は大丈夫です。今までだって何とかやって来たでしょう?約束に変わりもありません。私はあなたに会いに戻る。待っていて下さいますか?」
鬼鮫の胸に額を載せて牡蠣殻が笑った。
「すぐ戻るとは約束出来ませんが」
ふっと生温かい風が湧いて杏可也と海士仁がハッと立ち上がった。
腹が捩れる独特の違和感。鬼鮫は牡蠣殻の首に手をかけて、その目を睨み付けた。
「待ちませんよ。待つのは私の本分ではない」
困ったような、でも嬉しそうな顔で牡蠣殻が首にかかった鬼鮫の手を外し、その掌に口付ける。
幾度か交わした約束の仕草。
黙って乾いた薄い手を堅く握った。
…このバカ女が。
甘えるのも大概にしなさい。