第18章 姉弟
久し振り、と、言っていいかどうか。そもそもここ何年も近しく過ごしてはいなかったから。
互いに木の葉と砂に遊学した頃から、あまり落ち着いて共に過ごした覚えがない。連れ合いを亡くして里に戻りはしたが、子細ありげに忙しなくあちらこちらへ顔を出して回る彼女と、里の長として職務をこなす自分には重なる時間があまりなかった。
彼女が自分たち姉弟の恩師と結ばれてからはますます。
その後はとやかく言うに及ばない。
もう会う事もあるまいと思っていたが、会ってしまったからには仕方がない。
「お健やかに不自由ないご様子、何よりです、姉さん」
波平は見た事もない豪奢な衣装に身を包んだ血色のいい姉を見、茫洋と挨拶した。随分綺麗な格好をしている。草は裕福なのだな。
阿杏也は険しい顔で波平を見返し、サラサラと手触りの良さそうな衣装の袖を引き絞るように握りしめている。
・・・どうも怒っているようだ。・・・しかし何に?単刀直入に言って、怒っていいのはこっちの方こそと思うのだが?
「何故草になど来たのです!?」
草になどって・・・などって、凄い事言いますね。あなたが世話になっている里でしょうが。いや、磯の者として言いたい事はわかるが、もう少し言い様というものが・・・。大体そんなとこで何やってるんです、あなたは。
怒れる姉、阿杏也の顔色を改めて計り、波平は胸の内で頷いた。
あー、相変わらず怖いな。参った。
「牡蠣殻を連れに参りました。あれは何処にいます?」
「余計な事です。今すぐ磯に戻りなさい!」
「牡蠣殻を伴えるのであれば、即座にそうしますよ。磯辺に会わせて下さい」
「間が悪いのですよ、波平!あなたというコは、何でも小器用にこなすくせに、相変わらず肝心なところで間を抜かす!直しなさいと言ったでしょう!?」
「・・・直せと言われましても・・・」
「だから器用貧乏なんて言われるのです!糺しなさい!」
・・・知らぬですむ陰口は知らぬですませたいのだがなあ・・・聞いたら気になってしまうだろう。誰だ、また仕様もない通り名を考え付いたヤツは。
「深水の懸念も最もです!」
先生でしたか。参ったな。鬼籍に入った義兄を罵る訳にもいかないしなあ・・・いや、しかし、姉さん、今更私と義兄の確執を深めるような事を何でわざわざ口にしちゃうんですか。本当に参るなあ・・・