第12章 牡蠣殻はやっと眠たい
「教えません。どうやら磯辺はあなたの前では唖になるようですね。せいぜい困らされるといいわ。いい気味」
「磯の人間は腹が立つ連中ばかりですねえ。ロクでもない」
「杏可也さん」
顔をもたげた牡蠣殻に、杏可也は穏やかな微笑を向けた。
「厭なら自分で何とかなさい。得意の減らず口はどうしたの?無粋なこの人に何とか言っておやりなさいな」
牡蠣殻は開きかけた口をキッと閉じて黙り込んだ。
「ふふ、また随分と嫌われたものですねえ、干柿さん?報われない事。・・・いいえ、ちょっと違うわね。自業自得かしら?」
杏可也が面白そうにまた袖で口元を隠す。
「どうにもちぐはぐな取り合わせ。思い直された方がよくなくて?」
「やれやれ、無意味な問答はもうごめんですよ。煩わしい」
鬼鮫はうんざりと言って杏可也に背を向けた。
「そんな風に言っても、今まで何を話していたか言われたくはないのでしょう?口を慎みなさいませ」
「言われたくないのはあなたこそでしょう。私は一向に構いませんよ。どうぞご自由にいくらでも話して下さい?どうせ大した反応はしやしませんよ、この人は」
「わからなくてよ?悋気は人を変えるもの。磯辺も女なんですからね。甘く見てはいけません」
「生物学的に女性である事は間違いないのでしょうね、多分。情緒面ではまるで保証の限りではありませんが?」
鬼鮫の言葉に眉根を寄せた牡蠣殻が杏可也に目を向けた。それを受けて杏可也は首を傾げる。
「今の今まで干柿さんとお話していたのですよ。色々とね」
牡蠣殻は答えずに頭を垂れた。眠いらしい。欠伸とも溜め息とも吐かない音を漏らして、傷だらけの体を大儀そうに身動ぎさせる。
歩みを止めない鬼鮫に担がれて遠ざかって行く牡蠣殻を見送って、杏可也は口角を上げた。
「ふ。・・・甘えて。可愛らしいわね、磯辺・・・少し前とは違うよう。厄介だ事・・・・」