第56章 Remains-彼女が泣いた日-
【零番隊隊舎】
高次霊位管理局への書面提出が予想以上に早く終わり、次に行くべき貴族会議の窓口が開くまでかなりの時間が空いたため、梨央は日番谷を伴い談話室の片付けに来ていた。
「手伝ってもらっちゃってすみません」
「気にすんな。一人より二人の方が早いだろ」
優しい日番谷の言葉に梨央は微笑む。
「(でもまさか『遺品整理がしたいです』と言われるとは思わなかったが…)」
「大きな箱があるので詰めてって下さい」
「わかった」
日番谷はぐるりと辺りを見渡す。
部屋の中央に置かれたソファーとテーブルの周囲に、棚にびっしりと引き詰められた本、冬になると薪を焚いて火を起こす為の小さな暖炉、丁寧に積み重ねられたファッション雑誌と、それぞれの私物が各スペースに分かれている。
「(ここでコイツは仲間と共に過ごしたんだな…)」
ユーハバッハに討たれたあの日、仲間を一瞬で亡くした梨央。彼らと交わした約束を守る為、死した仲間の亡骸に駆け寄ることも、涙を流すこともせずに、一人、ユーハバッハを迎え撃った。
彼らの亡骸は聡明が請け負い、丁重に弔ったと云う。
その弔いの時でさえ、彼女は仲間を思い出すことは無かった。後遺症のせいで彼女は"仁科梨央"としての記憶を全て失っていた。
そのせいで今まで共に戦ってきた家族同然の仲間のことも思い出せる訳もなく、ただ一人、新たな人生を送っていた。
梨央は後悔していた。
あの時、仲間の死に涙していたら。
あの時、仲間の死を悔やんでいたら。
あの時、約束を破ってでも仲間を助けに行っていたら。
彼女の中で色んな思いが交差していた。
「……………」
本を箱に詰めていく。
「梨央」
「!」
「こっちは終わったぞ」
「ありがとうございます」
ニコリと笑う。
だがその笑みは、辛そうに見えた。
「この本、新居に持って行くか?」
「!いいんですか…?」
「流石に全部は無理だけどな」
「じゃあ少しだけ。残りは屋敷に運びます」
必要な分だけを新居に持ち入れ、残りは蒼月にある屋敷に置くことに決めた。
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