第1章 仕組まれた罠
晴天のある日、少女は一番隊舎を訪ねた。
「失礼します」
執務室に入ると長い髭を生やした老人が一と書かれた羽織を着て椅子に座っている。
紙を走らせていた筆を止め、ゆっくりとした面持ちで顔を上げ、目の前で笑みを湛えている少女を見た後、静かに口を開いた。
「久しいの───梨央よ」
「お久しぶりです、山本総隊長」
彼女は軽く頭を下げる。
「漸く顔を見せに来よったか」
「遅くなり申し訳ありません」
呆れ顔の山本に梨央は苦笑した。
「思ったよりも元気そうじゃな」
「総隊長こそお元気そうで」
「お主に心配される程まだ老いぼれておらんわ」
「それは失礼しました」
クスッと笑みを溢す。
「少し見ない間に少し窶れたかの」
「体重は減ったでしょうね」
「どうじゃった…永い監獄生活は」
「そりゃあ、気が狂いそうなほど永かったです。だって光の無い場所で…百年過ごしたんですから」
「すまんの」
「何故総隊長が謝るんです」
「お主が捕らえられた時、儂は何も出来んかった。助けてやることも出来んかった。少しでも四十六室に抗議の一つでもしておれば…」
「分かっているでしょう総隊長。いくら貴方が私を助ける為に抗議の一つをしたとしても…あの連中に意見を述べられるのは認められた権限を持つ者のみ。それ以外の者の意見は聞き入れてくれません」
「………………」
「それに“何も出来なかった”は間違いです。貴方は仲間に伝言を伝えてくれた。自分が彼らからの怒りを受けるのを承知で」
「それも総隊長の務めじゃ」
「そのお心遣いで十分です」
梨央は優しい笑みを浮かべる。
「お主が処刑されずに済んで正直ホッとしておるよ」
「ご心配をお掛けしました。ですが総隊長、お忘れなく。今貴方の前にいるのは『化け物』として恐れられた女です」
飄々とした雰囲気は無く、梨央の青い瞳が山本に真っ直ぐに向けられる。
「簡単に気を許してはいけませんよ。私自身、貴方に牙を剥くかも知れない。正直解放されたのは嬉しいですが…野放しにされるのは素直に喜べません」
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