第5章 書類配りIII
「涅…隊長…」
思ってもみなかった
まさかコイツに敬語を使う日が来るとは…
しかも隊長と呼ぶべき日が来るとは!!
「そんな小せぇ声じゃ聞こえねぇよ。もっと腹から声出せ」
「(呼びたくない。呼びたくないが…!)」
「お前が隊長を嫌ってんのは分かってるが仕事なんだから諦めろよ」
「ぐぬぬぬぬ…!」
「仁科」
「わ、分かってますよ!」
呆れるような目で見る阿近に急かされる。
「……………」
呼びたくない
呼びたくないが…
「ハァ…仕方ない」
覚悟を決めて顔を上げた流歌は涅の名前を呼んだ。
「涅隊長、書類を届けに来ました」
大きなモニターを前に作業をしていた涅は、自分の名前を呼ばれたことに気付き、顔だけを後ろに向けて振り返った。
名は涅マユリ────。
十二番隊隊長であり
技術開発局の二代目である────。
「……………」
流歌の姿を捉えた涅は嫌そうに顔をしかめ、憐れみの眼差しを向けた。
「「……………」」
お互いから目を離さず、無言で睨み合う。
「「……………」」
二人の間に不穏な空気が流れ、その場にいた隊士達も一言も交わさず、ただ無言を貫き通す二人を見てハラハラとした様子で傍観している。
「……………」
そして、先に視線を外したのは…。
カタカタッ
「Σ!?」
興味がないように作業に戻った涅だった。逸らされたその瞳に宿った憐れみを流歌は見逃さなかった。
「……………」
顔を俯かせ、怒りで身体を震わせる流歌は涅の言いたいことが分かったようだった。
「(今の目、見逃さなかったぞ…)」
“ああついに莫迦が来たヨ。”
「(明らかにそんな目をしてた!!)」
私だって来たくて来たんじゃない!!
しかも無視するって子供か!!
それとも新手のイジメか!?
「(そして何だあの呆れた顔と憐れみの目は…)」
だからコイツには会いたくなかったんだ!!
二人の喧嘩に案の定、傍観中の隊士達も“やっぱりか…”という顔を揃えていた。
.