第35章 『残業終わりの甘い誘惑 前編』 黒尾鉄朗
「かちょ…も…」
私の声に気づいた課長が唇を離し、体をを離す。
しかし、酔いとキスの余韻で力の入らない私の体を支えるため、離した体を抱きしめる。
「なあ、もっと欲しい…って言ったら…怒る?」
その声に課長の顔を見れば、口元を隠し視線を宙に彷徨わせる。
そして、私が体を預けている体…もとい股間がスラックス越しに反応していることがわかった。
「わ…たし…」
「いや、忘れてくれ。こんなおっさんよりもっといいやつがいるだろうから。」
だから、聞き流して欲しい。
そう言われた言葉を聞き流せるほど、私はまだ大人になりきれていなかった。
「最初はコーヒーだったよ。
すごく好みの味、温度に仕上げてくるなって思ってさ。
そこからずっと目が離せなくて…
でもさ…こんないい年したおっさんが、干支ひとまわりも違う女の子に夢中ってやばいだろ…?」
苦笑いをしながら課長は背中を優しくぽんぽんと叩く。
「やばく…ないです。」
「今日は奢るつもりで来てるから。
本当にごめんな?」
散々私の体温を上げた課長の体が離れて行く。
体は離れたのに冷めない熱が、内側から私を犯していく。
じり、じり、とくすぶる熱。
それは私の背中を押すのに十分だった。
「やめないでっ…くださいっ…」
私に向けた背中に抱きつけば、小さく息をのむ音が聞こえる。
そして、背中から伝わる速い心音も。
「私…まだ黒尾課長に何もあげてない…です。」
前に回した腕を掴む、男の人の骨ばった手。
それは私の腕を剥がし、私を胸の中に引き込む。
「椎名を…夏乃を貰っても…いい、か?」
引き込まれた腕の中から香る香水の香り。
黒尾課長の香りに包まれながら、私はこくり、と首を縦に振った。
end