第3章 魚心あれば水心
「急にびっくりしたでしょ?ごめんね?」
十四松のフォローに入るが特に反応はない。
突然目の前に同じ顔が二つも出てきて戸惑っているのかもしれない。
それともターゲットのおそ松と同じ顔だから?
彼女の様子をうかがいつつ、何を言うべきか考えていた。
「じゃあ、僕、兄さん呼んできマッスル!」
背後で十四松が宣言したかと思うと、彼に声をかける間も無く出て行ってしまった。
確かに二人にして欲しいとは言ったが、相変わらず行動が早い。
「…騒がしくてごめんね?僕ちょっと水とってくるよ」
再び彼女に目線を合わせ話しかける。
飲めるか尋ねると彼女は小さく頷いた。
やっと反応してくれたことに少し嬉しくなって、彼女の頭を軽く撫で、立ち上がった。
いきなり知らない男に触られたら何かリアクションを、例えば培ってきた暗殺術みたいなもので捻り上げられるかと思ったがそんなこともなかった。
ただ不思議そうな顔をして立ち上がった僕を見上げるだけだった。
ぼんやりと僕の姿を映す丸い瞳は硝子玉のようだ、と思った。
そのまま冷蔵庫に向かい、水を取り出す。
ついでにポケットに入れていたインカムの電源をつけ、マイクの音量を上げてデスクの上に置いた。
ソファーの前に戻ると、少女は再び目を閉じていた。
声をかけると、ハッとして起きようとするがどうやら力が入らないらしい。
正面から両脇に手を差し入れ、持ち上げるように支えてソファーに座らせる。
軽くて柔らかい少女の体と、女性特有の香りにドキドキしながら、それを隠すようにペットボトルのキャップを開けた。
はい、と手渡すと、警戒せずにペットボトルに口を付ける。
両手でペットボトルを持つとすぐに一口二口飲んでため息をついた。
「少し落ち着いた?まだ顔色悪いね」
近くのデスクの椅子を持ってきて少女の前に座る。
同じ目線の方が彼女も話しやすいだろう。
『えっと…』
彼女はここに来て初めて声を上げた。
小さく、どこか幼さの残るソプラノの声だ。
何から聞いたらいいのか、といった表情を浮かべる。