第3章 魚心あれば水心
「十四松兄さん、この子が起きたら一回部屋を出てもらってもいい?」
僕はふと思いつきパソコンの画面から目を離すと、再び素振りを始めた兄に言う。
十四松は一旦素振りをする手を止めてこちらを向く。
「えー、なんでー!?」
「ちょっと様子を見たいんだ、お願い」
不本意だけど兄弟の中で一番弱そうに見えるのは僕だ。
その僕と二人きりになって豹変する事がなければとりあえず安全と言えるのでは、と考えた。
決して下心ではない、と断言する。
それを説明すると、十四松は少し心配そうな顔をしながらも了承してくれた。
何かあったらすぐ呼んでね、と付け加えると再び素振りを始めた。
止めようか迷ったが、何かしてないと不安なのかもしれない。
それは僕も同じだ。
結局少女のスマホからは特に何も見つからなかった。
僕ぐらいじゃ見破られないように隠してあるのか、情報の交換は別の媒体を使っているのかもしれない。
考え事をしながら作業をしていたからか、ふと窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。
スマホとパソコンの接続を切り、彼女のバッグに戻す。
それに気づいた十四松が何か見つかったか尋ねてきたが、僕が首を横に振ると残念そうな顔をした。
その時、小さく唸る声が微かに聞こえた。
十四松を見ると素振りを止めてソファーの上の少女を凝視している。
つられて目線ソファーにやるが、こちらからは少女が見えない。
十四松が一歩近づくと少女は慌てて立ち上がろうとする。
しかし急に動いたせいか少女は力なく地面に座り込んでしまった。
「あ、起きた!落ちたの!?大丈夫!?」
目眩でも起こしているのだろうか、左手を地面につけ、右手は口元を押さえ俯いている。
「いよいしょー!!」
十四松はずんずんと近づき少女の前で立ち止まったかと思うと両手ですくい上げるようにして持ち上げソファーに投げ飛ばした。
「ちょっと十四松兄さん!?病人に何してるの!?」
確かに兄弟間ではよくある光景だが、具合の悪い女の子にも同じようにする十四松に驚き、慌ててソファーの正面に回り込む。
少女の正面でしゃがみ、顔を覗き込む。
彼女の淡いブラウンの瞳と目が合った。