第3章 魚心あれば水心
「本当にもーうちの兄さん達は…」
僕は閉められた扉を見ながら愚痴を零す。
十四松は相変わらず少女の寝顔を見つめている。
そのままこちらに目線を向けず、ねぇトド松、と話し始めた。
「…チョロ松兄さんと一松兄さん、大丈夫かな」
十四松の表情は余り変化が大きくなく分かりづらい。
それでも、二十数年共に生きてきた僕には、彼の苦しそうな表情が伝わった。
僕は十四松の隣りにストンとしゃがみ、顔を覗き込んで大丈夫、と言う。
「あの二人だよ?逆に相手が困ってるかもね」
僕が笑顔を浮かべると、十四松もつられて笑う。
作り笑顔なのぐらいばれているけれど、僕にはこれぐらいしかできない。
「さて十四松兄さん、悪いんだけど毛布持ってきてくれないかな。
このまま寝てたら風邪引いちゃうかも」
少女は薄着ではなかったが、スカートから覗く足が寒そうだ。
顔色も良くないし、暖かくしたほうがいいだろう。
十四松は了解!と言うや否やダッシュで部屋を出て行った。
殺し屋らしき少女と部屋に二人残されるのにさほど不安はなかった。
横になっているから正確には分からないが、身長は150センチあるかないかで小さい。
見るからに軽そうな、華奢な身体付きで、僕でも軽く持ち上げられそうだ。
正直この容姿から人を殺せるとは思えない。
そういえば、歳はいくつぐらいなんだろう。
見た目で言えば十代後半、見ようによっては中学生ぐらいにも見えなくも無い。
少女は相変わらず規則正しい寝息を立てている。
じっと寝顔を見つめている間に、何故だか彼女の髪を撫でていた。
ふんわりとした甘い香りが微かに漂う。
細く柔らかい髪が、指先から零れていくのを僕はただぼんやりと見ていた。
「毛布持ってきたよ!」
バーン、と扉が勢いよく開かれると同時に十四松が叫ぶ。
ハッとして慌てながら少女から後ずさるように離れる。
「あ、ありがと十四松兄さん。
その子に掛けといてね」
僕は作業するから、と言ってそそくさとデスクに向かいノートパソコンを立ち上げる。
十四松は返事をして、バサッと少女に毛布を掛けた。
こんな状況なのに僕は何してるんだ、とデスクに突っ伏す。
無意識だった。
寝顔を見てたら、気付いたら触っていた。
僕もチョロ松兄さんのことチェリー松とか言え無いや、と突っ伏したまま独りごちた。
