第2章 信ずるは良し、信じないのはもっと良い
「危害を加えるつもりがないのは昨日のでわかってもらえただろう?
それに帰る家もなくなったんだ」
ゆっくり話そうじゃないか、と清々しい笑顔でカラ松が言う。
人の家燃やしておいてよく言えたものだ、と感心する。
『…日本ではお話したい人の家を燃やす風習でもあるんですか?』
こちらも笑顔で応戦しつつ、状況を考える。
「まあ、そう言わずに聞いてくれないか?
悪い話じゃないと思うんだ」
そう切り出される話しは大体良くない話しですよ、と反論したくなる。
そして大体が断れない状況にしてから持ちかけられるものだと相場が決まっているのだ。
ゆっくりと立ち上がり、カラ松に背を向け、近くの窓に歩み寄る。
ブラインドをあげて窓を開ける。
空は快晴、ひんやりとした風が心地よく、思わず伸びをする。
『…いい天気』
下を見ると、地面からなかなかの高さがあることがわかる。
朝早いからか、人影は見当たらない。
逃げるなら今しかないだろう。
「逃げるつもりなら止めといたほうがいい」
振り向くとカラ松は右手で銃を構えていた。
先ほどとは打って変わって真剣な表情だ。
それに返事はせず、窓枠に腰掛ける。
彼は、撃ってこない。
殺すつもりなら昨日のうちに私は死んでいた。
話しぶりから察するに、私に何かしてほしいことがあるのだろう。
だが、それを聞くつもりはなかった。
身体から力を抜く。
頭はゆっくりと空を仰ぐように窓の外に倒れていく。
待て、と短く叫ぶ声が聞こえる。
窓枠より下に頭が下がると、身体もそれに続いて落ちてくる。
身体が完全に窓枠から離れ、浮遊感に包まれる。
空中で身体を反転させ、地面との距離と着地のタイミングを測る。
地面に足が着く瞬間に合わせ身体を縮め、衝撃をやわらげる。
パッと建物を見上げると、四階の窓にカラ松の姿が映る。
脱出成功。
すぐに立ち上がり、足早にその場を立ち去る。
が、十歩ほど歩いたところで、後ろからドンっという音が聞こえて思わず振り返る。
そこには先ほどまで四階の部屋にいたカラ松が片膝をついてしゃがみこんでいた。