第1章 カードの手が悪くても顔に出すな
「ちょっとー、お兄ちゃん無視して話ししないでよー」
十四松の隣に立っていた男性が拗ねたような顔で二人に話しかけ、こちらに近づくと、私の座っているソファーに腰掛けた。
突然のことに身を固くするが、彼はニッと笑い、こちらに右手を差し出す。
「俺は松野家長男、松野おそ松でーす。
一応、こいつらの長男やってるんだ」
思い出した。
『さっき、街でぶつかった…』
ーー次のターゲットだ。
なんとか言葉の最後を飲み込んで、隣に座るおそ松の様子をうかがう。
今私は図らずも、丸腰で敵のアジトに乗り込んでしまっているわけだ。
感情の機微を悟られてはならない。
「そうそう!なんかフラフラして危なっかしいなーと思って見てたら倒れるんだもん。
さすがに放っておけないし連れて来ちゃった」
こっちの葛藤を知ってか知らずか、人懐こそうな笑顔を浮かべ、差し出していた右手で鼻の下をこする。
あ、握手か、と思い今度はこちらから右手を差し出す。
ここで自己紹介しないのは不自然だろう。
『私はムーメといいます。
助けてくれてありがとうございます』
「そんなかしこまらなくていいよー。
とりあえずよろしく」
そう言って自分の右手を私の右手に重ねて握手をした。
大きくて、暖かい手だ。